三越伊勢丹の前社長が学んだ「元祖セレクトショップ」サンモトヤマ創業者「長さん」の教え(上)

2018/2/19

茂登山さんがフィレンツェのグッチ本店に通っていたある日、突然、店の最高責任者であるバスコ・グッチ氏が現れた。自ら店内を案内し、銀のたばこ入れを取り出した。茂登山さんはとっさに、指紋がつかないよう、ポケットチーフで受け取った。高級品の扱いを心得たその行為が、2人の距離をぐっと縮めたという。大西さんは茂登山さんの教養と人柄に加え、「ぶれずに突き進む信念」に感じ入った。

1982年、茂登山さん(前列右から2人目)と グッチファミリーとの契約更新の調印式

■「商人」と「グローバル」とが共存

バイヤーに復帰した数年後、大西さんは再び茂登山さんとたびたび話す機会を持つようになった。改めて印象に残ったのは、一人ひとりの顧客に接する「商人」としての姿と、日本のファッション業界をどうすべきなのかを語る「グローバル」な視点の共存だった。

サンモトヤマが日本に紹介し、根付かせた数々のブランドは80年代以降、相次ぎ日本法人を設立し、自力で商売を始めた。「いずれサンモトヤマは独占販売権を失う。悔しくはないのか」と大西さんが尋ねると、茂登山さんはこう返した。「自分の足を使って、また新しいモノを見つけていけばいい。ファッションは世界共通。まだ紹介されていない世界のブランドを、どうやって日本人にプレゼンテーションするかを考えるのが大事でしょう」

21世紀のブランドビジネスはどうあるべきか、を考え続けてきた茂登山さんは近年、ミャンマーやインドネシアの織物など、アジアの手仕事に目を向け始めていた。05年には、通販雑誌で見つけたジャコウウシの産毛に触れたいと言ってカナダの北極圏に飛び立ったほどだ。そんな茂登山さんは、最終的には「日本のモノを世界に発信したがっていた」(長男で社長の茂登山貴一郎さん)。

2005年、極寒の地に生息するジャコウウシの原毛をこの手で触りたい、と、カナダのバンクスアイランドへ。茂登山さん(後列(左)から3人目)は84歳だった

■先入観や常識にとらわれず、自分の直感を信じる

一方、大西さんも7年ほど前から日本のものづくりの発信に力を入れてきた。「日本のものを海外に売り込むなら、まずは日本人に価値を認めてもらわなくてはいけない」。念頭にあるのは、先入観や常識にとらわれず、自分の直感を信じて名品を見いだしてきた茂登山さんのブランド哲学だ。

消費者の価値観が多様化し、ブランドビジネスが曲がり角を迎えた今、くしくも大西さんと同様、茂登山さんが日本に目を向けていた事実に、言いしれぬ感慨を覚えるという。「足元に、まだ美は眠っていますよ」。そんな茂登山さんの声が聞こえてくるようだ。

(編集委員 松本和佳)

後編「美の追究、女優も魅了 『審美眼』が広げた交友の輪 」もあわせてお読みください。

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