DANDY & RHAPSODY

トランクは雄弁だ。 by Takanori Nakamura Volume 1

2018/3/14

愛用する英国グローブ・トロッターのトランクはホテルのステッカーでびっしり。まさに旅の履歴書になっている

仕事がら、旅慣れたつもりではいるが、初めて滞在するホテルのチェックイン時は、今でも緊張する。僕は戦略的に、着慣れたスーツにする。ただし、カウンター越しに署名する袖口は、必ず本切羽のボタンを、わざと一つ外しておく。テーラーメイドであることを、さりげなく伝えるためだ。

(文=中村孝則 写真=藤田一浩 スタイリング=石川英治)

(2)ノー・ナイフ、ノー・ライフ。>>
<<(10)箱入りだから、こだわりも出る。

滞在中は相応な客として扱ってくれよな。僕からホテルへの暗黙のプレッシャーである。無造作な格好でチェックイン時になめられ滞在中、仕事に支障がでる羽目は、もう懲り懲りだからだ。誤解なきよう断っておくが、決して高級品で居丈高に圧力をかけるのではない。僕はスーツをこよなく愛していて、袖のボタンを外すのも、単なる自己満足の悦楽だ。

■物を語るのではなく、物に語らせる

かつて世界の一流ホテルマンたちの間で「紳士の正体はスーツの袖口で判断せよ」という裏ワザが、ひそかに伝授されていたそうだ(靴で判断なんて、素人レベルということらしい)。もっとも、最近は「失礼ながら、ボタン外れていますよ」と注意されるのが関の山だから、効果の程はわからない。

さておき、僕はホテル・ライフ自体が好きなので、ホテルを味方につけたいのだ。問題は、チェックインという限られた機会に、それをどうエレガントに伝えるかということ。12年以上使い込んだ英国製のヴィンテージ風トランクを愛用するのも、その一つである。「ご覧のように旅の初心者ではないですよ」。もう、無言の圧力である。物を語るのではなく物に語らせる、という知恵がこの年になってようやくできるようになった。

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