『永遠のジャンゴ』 ジャズギターの名手、ナチと闘う
往年の欧州を舞台にジプシー音楽の系譜を引くジャズギターの名手ジャンゴ・ラインハルトを描いた映画『永遠のジャンゴ』が、25日から公開される。かつてジプシーと言われた少数民族ロマ出身のジャンゴの第2次世界大戦中の活動に発想をかき立てられたというエチエンヌ・コマール監督(52)とのインタビュー内容も交え、作品のみどころや制作の狙い、意図を紹介する。
第2次大戦中、占領下のパリ――。劇場でめかし込んだミュージシャンたちが、出演の時を待っている。「また遅刻か!」。リーダーのジャンゴは裏手を流れる川で釣りに興じていたのを呼び戻され、マネジャーである勝ち気な老母に叱られつつステージへ。静かに始まるギターの調べがやがて乗りのいいスイング調のアドリブに転じるとき、聴衆の肩や足がひとりでに動き出す。そんなユーモラスなシーンが序盤にあるが、客席に散見されるナチの軍服で平時のパリではないことに改めて気づかされる。
利用されるリスクと向き合う
この時代、敵も味方も緊張の中で心の安らぎを求めており、粋なジャズの名人ジャンゴの人気は絶大だ。だがコマール監督は、ミュージシャンたちは戦時占領下という状況で厳しい統制を受け、悪利用されるリスクと向き合っていたと語る。
「今の時代は戦時下と似ていると言われることがあるが、独裁的な体制の片棒を担ぐことにならないかどうかで、音楽に携わる私の友人の音楽家らも腐心している。アーティストにとっては現在にも通じる悩みを描いてみたいと思った」
ジャンゴにとって音楽は大事な生活の糧だ。しかし権力者は常に人気者を利用しようと考える。うっかり占領当局の誘いに乗ってその片棒を担ぐことにならないか。だが出演を断ればむごい仕打ちが待っているかもしれない。監督の言葉を借りれば「立ち位置」は非常に難しい。全編を通じてただよう緊張感の中、ジャンゴの心は、保身主義の殻をぬけ出し徐々にナチへの反感、仲間との連帯、解放へむけた闘いへの支援へと傾いていく。
コマール監督は卓越した演奏技術と個性からジャズ史に名を残したジャンゴについて「彼の人生そのものが非常に興味深いが、歴史の中に置かれた彼のユニークさは戦時中に最も凝縮されている」と指摘する。
移民の生まれ、火が付く反骨精神
ジャンゴは1930~40年代に欧州で活躍した。町から町へと移り住む旅芸人の家族に生まれ、10代からすでにパリで演奏活動をしていた。うきうきする音色のバイオリン奏者、ステファン・グラッペリと結成したフランス・ホットクラブ5重奏団の数々のナンバーは世界のジャズファンに愛聴されてきた。当意即妙でドライブ感をかもしだす卓越したアドリブ演奏を聞くと、幼少時のやけどでギターのネックを支える親指をのぞけば2本しか左手の指が使えないハンディを抱えていたとはとても思えない。そんなジャンゴの驚異的な演奏技術は本場米国のジャズメンからも一目置かれていた。
監督によるとジャンゴは同時代に米国でスイング王と呼ばれたベニー・グッドマンに影響され、彼の小編成バンドのスタイルを参考にしたという。レトロなジャズのファンの間で、ジャンゴはそのグッドマンにみいだされたエレキギターの元祖的奏者、チャーリー・クリスチャンと比較されることも多い。2人に重なるのは、脇役が多かったギターの地位をソロをとる主役の楽器の地位に引き上げた功績だろう。
クリスチャンのソロは後のビーバップなどモダンジャズにつながる斬新な和声が特徴だ。一方ジャンゴの場合は、軽快なテンポのなかにも哀愁を帯びるビブラートが聞く者の耳に残る味わい深さ。映画の中ではローゼンバーグトリオが彼の特徴をつかんだうえで独自の新しさを加え、ジャンゴサウンドの「再生」を試みている。
ジャンゴは「夜の女王」と呼ばれ、後に情を通じ合うルイーザとバーで話すシーンで「これは俺たちの戦争じゃない。聴きたいやつが聴きにくるなかで、俺は演奏するだけさ」と素っ気なく答える。
だがその後の展開でドイツ公演を強いるナチ軍人への反感が彼を音楽を通じた抵抗へと向かわせる。コマール監督は「ジャンゴにはわがままで不良魂とでもいうべきものがあった」と表現するが、仲間がナチに虐げられるのを見て、その気性が熱を帯び反骨精神に静かに火が付く。レマン湖近くの邸宅での自分らの晩餐会への出演を強いたナチ当局者は「ブルースは禁止だ」「シンコペーションは5%以下」「ソロは5分以内」と無理難題ともいえる規制を課した。これに対しジャンゴが曲の途中で巧みにお堅い楽曲を崩し、シンコペーション全開のスイング音楽に持っていくくだりは痛快だ。
内心ジャンゴの音楽に魅了されていたナチの士官、兵士らが踊り出し、お偉方の意図とは裏腹に静かな宴(うたげ)はにぎやかなジャズ舞踏会へと変貌。実はこのとき監視が緩んだ隙を突き、ジャンゴと事前に示し合わせていたレジスタンスらが湖を小舟で静かに渡っていく。個人主義で気ままだったジャンゴは、逆境でルイーザや母、妻ら一族との絆を深める中、反ナチ抵抗活動への支援の気持ちを強めていたのだ。
怒り心頭に発した占領当局指導層からの厳しい仕打ちは目に見えていた。自らの危機を察したジャンゴは皆と別れて中立国スイスへ向け雪の森林地帯へと向かうが、猟犬を連れた追っ手はすぐ近くに迫ってくる……。サスペンスに満ちたストーリー展開もこの映画の見どころだが、冒頭に述べたコマール監督のいう「現在との世相の類似性」も作品を今、世に出した狙いとして注目できる。
現代に通じる弱者の苦難
欧州各国の受け入れ決定が遅れるなかで行き場を失ったシリア難民。トランプ政権発足直後に懸念を呼んだ米政府の移民入国制限の表明に続いた混乱……。国際情勢が揺れたときに悲哀や不安を味わうのはいつも立場の弱い者たちだ。ジャンゴの属したロマ民族はインドの北部にその起源があるともされるが、定住地をもたず欧州までさまよってきた彼らの歴史はよそ者として扱われる不遇な生活の連続だった。ナチの火炎放射器で馬車や家財を焼かれ逃げ惑うロマの人々の表情には、展望の持てない現代の難民たちの面影を重ねるような監督の意図がうかがえる。
コマール監督はもともと脚本家で『神々と男たち』(2010年)、『大統領の料理人』(12年)などでシナリオを手掛けてきた。いずれも実話を基に自分なりの創造を加え、深みや面白さを持つストーリーを構築するのがコマール流といえるが、今回の監督デビュー作で主人公として扱ったジャンゴの大戦中の活動についてはあまり資料も残っていなかった。
だからこそ監督自身は創造意欲を刺激されたと言う。「そこにグレーゾーン、あるいは陰があれば、筋書きにフィクションを忍ばせやすい。事実から離れないということは肝に銘じているが、架空の展開を入れることに抵抗感は感じない」。ビオピックと呼ばれる事実を基にした作風を取りつつも「単純な絵はがきのように出来事の説明、模写にとどまれば内面的なものに迫れない」というコマール氏にとって第2次大戦中のジャンゴの活動に関する資料不足はむしろインスピレーションを高めるのに役だった。相矛盾する事実を創造で補い自身の考える「ジャンゴの真実」を描こうとしたコマール氏の試みは非常に興味深い。
監督は自らもフルートを演奏しロックバンドでボーカルを務めるという音楽の実践者でもある。「ジャズ好きの両親の影響もあり、ジャンゴにはかねてこだわりがあった。彼の持つ不良っぽさやエネルギーからは、ロック登場の予兆を感じさせられる」。事実、ジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトンら後のロックスターにはジャンゴの影響が指摘されている。ジャンゴが自ら作曲したミサ曲で指揮棒を執るシーンでは平和を祈るジャンルを超えた彼の音楽性、人間性の広さが示されると同時に、試練をへて人間は成長するものというメッセージも伝わってくる。
付け加えるべきは、ジャンゴを演じたレダ・カテブにまつわる話だろう。アルジェリア人俳優の息子として生まれパリで育ったカテブを同じマイノリティーだったから起用したのか、との問いに監督は「それは意識しなかった」と答えた。ただ彼がフランスに住みながら「(アラブ系社会という)別のコミュニティーに属しそのルーツを意識しているという意味では、自らをジャンゴと重ね合わせて演技がしやすかったのではないか」と語っている。1年間かけてギターを初歩から粘り強く習得、ローゼンバーグトリオの演奏録音に合わせて違和感のない迫真の演技をものにした点や複雑な役柄をこなしたことを監督は絶賛しており、今後の活躍が楽しみな俳優だ。
(コンテンツ編集部シニアエディター 中西俊裕)
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