労災認定された事案では、全体の約2割の人に、頭痛や胸部痛などの前駆症状があったと報告されていますが、7割以上の人は前駆症状はなかったとされています。ただ、これは具体的な身体症状を聞いているので、「『疲れた』とよく口にしていた」といった周囲の人の感じ方まで含めれば、もっと多くなるかもしれません。また、健康診断を受けていた人は全体の約7割で、2.4%の人が産業医などの面接指導を受けており、約3割の人に既往歴がありました。
注意すべきは「疲労の蓄積」度
――脳・心臓疾患の前兆となる症状としては一般的に、脳卒中では片側の手足のしびれや顔面のマヒといった運動障害や感覚障害、ろれつが回らない・言葉が出てこないなどの言語障害、視野の半分が欠けるといった視野障害、めまいやふらつきなどの平衡感覚の障害などがあります。心臓疾患の場合は動悸(どうき)や息切れ、不整脈、胸痛、胸の違和感や圧迫感などが知られていますが、過重労働で発症する場合も、こうした前兆に注意が必要でしょうか。

そうですね。ただし、これらは発症直前の症状で、こうした症状が出る人もいれば、出ない人もいます。それよりももっと以前に注意を向けなければいけないのは、「疲労の蓄積」の度合いです。体が「休みたい」と感じるときに、適切に休息できるかどうかが重要です。例えば、「あともう5分眠りたい」と思う日が毎日ずっと続くのと、週に1日でも「今日は時間を気にせずに眠れる」と思える日があるのとでは、疲労の度合いも違ってきます。「あともう5分眠りたい」と思う日が続くときは、そうできるように工夫することが大切でしょう。
――自分が身体的に「疲れている」と感じる感覚に注意して、対処していくということでしょうか。
その通りです。特に、「いつもの自分との違い」を察知することが大切です。例えば、「いつもなら週末に休めば疲れが取れるのに、回復しない」「いつもならしないような仕事上のケアレスミスが続く」といったことがあれば、疲労がたまっているサインといえます。例えば私の友人の女性の話で印象に残っているのは、夜に仕事を終えて帰宅してから、クレンジングできちんとメイクが落とせるかどうかが、自分の疲れ具合の目安になると話していました。そうした自分なりの疲れの尺度を見つけておくのもいいでしょう。
また、家族や職場の人間が、その人のいつもとは違った様子に気づいて、働き方や睡眠・休息の時間を見直すきっかけにしていくことも重要です。
――疲れの度合いを客観的に評価できるような方法はありますか。
中央労働災害防止協会(中災防)のホームページには、ウェブ上で簡単に確認できる「労働者の疲労蓄積度チェックリスト」(http://www.jisha.or.jp/web_chk/td/)が公開されています。このチェックリストは、自分自身で自己診断する「労働者用」と「家族用」に分かれています。まずは自分で労働者用をチェックしてみて、同居している人がいる場合は「家族用」も行ってみてください。チェック後は、自覚症状と勤務状況の評価とともに、「仕事による負担度」の総合判定が示されます。
脳・心臓疾患の労災認定基準では、月80時間を超える時間外労働が要件の1つになっていますが、これを下回る場合でも、チェックリストの総合判定で仕事による負担度が高かった場合は注意が必要です。場合によっては上司や産業医などにも相談して、勤務状況やライフスタイルの改善を図り、疲労を蓄積しないように対処していきましょう。また、健康診断で高血圧などの生活習慣病や高リスクが指摘されている人は、脳・心臓疾患の発症リスクも高まるので、治療や改善に取り組むことも大切です。

(ライター 田村知子)