ベルリン音楽祭 生誕記念、2大作曲家の鮮烈な響き
演奏会シーズンの開幕を告げるベルリン音楽祭2017が開催され、8月末日からの19日間、フィルハーモニーを中心に6会場で27回のコンサートが繰り広げられた。世界各地の名門オーケストラをはじめ20の器楽や声楽の団体、トップレベルのソリストたちが、40人の作曲家による80作品以上を演奏した。今年は珍しく統一テーマを掲げず、モンテヴェルディ生誕450年とユン・イサン(尹伊桑)生誕100年に焦点を当てたプログラム。筆者が聴くことのできた音楽祭後半の公演から、特に印象に残った演奏を中心に紹介したい。
1567年に北イタリアのクレモナで生まれたモンテヴェルディは、ルネサンス音楽からバロック音楽への過渡期に活躍し、サン・マルコ寺院の楽長としてヴェネチア楽派を継承・発展させた。18のオペラを創作したとされるが、このジャンルの最初期の「オルフェオ」(1607年)と、晩年の「ウリッセの帰還」(1641年)および「ポッペアの戴冠」(1642年)の3作のみが現存している。
音楽祭前半の話題をさらったのは、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮のモンテヴェルディ合唱団とイングリッシュ・バロック・ソロイスツによる上記3作品の連続上演だった。フィルハーモニーでのセミステージ形式とはいえ、半世紀にわたりモンテヴェルディの復興と普及をリードしてきたスーパーアンサンブルの総決算。生誕450年の目玉として大きな反響を呼び起こした。
音楽祭の後半を飾ったもう一つのモンテヴェルディ・プロジェクトは、最高傑作『聖母マリアの夕べの祈り(晩課)』のリメーク上演だった。まず、モンテヴェルディ研究の権威による原典考証と提案に基づき、従来の器楽編成にシャルマイやアルトポンマーといったオーボエの原型楽器を加え、響きの色彩を豊かに蘇(よみがえ)らせた。
また、通常13の声楽曲からなる楽曲構成の随所に、器楽による序奏もしくは間奏を挿入。これらはモンテヴェルディと協力関係にあった同時代の作曲家によるもの。グレゴリオ聖歌の代わりに器楽曲を挿入することで、宗教音楽と世俗音楽の越境を試みた「晩課」の革新性が鮮明となった。今年はルターの宗教改革500年。モンテヴェルディは「晩課」によってカトリックの対抗的宗教改革の精神を体現し、プロテスタントとの不和に、音楽による宥和(ゆうわ)をもたらそうとしたのだ。
名実ともに世界トップのRIAS(リアス)室内合唱団と、ルネサンス音楽を得意とする気鋭の古楽合奏団カペラ・デ・ラ・トーレによる演奏は、あらゆる面で鮮烈だった。同合唱団の新首席指揮者ジャスティン・ドイルのデビュー公演でもあったが、その溌剌(はつらつ)とした躍動感に全身がしびれた。合奏団のリーダーでシャルマイ奏者のカタリーナ・ボイムルとの丁々発止もエキサイティング。
会場はオープンしたばかりのピエール・ブーレーズ・ザール。楕円形の空間を活(い)かして回廊型客席の至る所に歌手や奏者を配置し、随時移動させながらマルチサウンドとマルチアングルに挑戦した。オペラのような劇場的演出効果を生み出すとともに、純粋な音たちの俊敏な戯れが至高の喜悦で会場を満たした。この鮮烈な「晩課」の再演が来秋、大阪市(いずみホール)で予定されているという。
ユン・イサン生誕100年のプログラムは、彼の代表的なオーケストラ作品や室内楽の演奏会だけでなく、シンポジウム、展示、ドキュメンタリー映画などによって立体的に構成された。ベルリン芸術大学教授時代の教え子、細川俊夫が語るように、本来ユン・イサンの音楽は政治とは無縁で、ひたすら宇宙の響きに傾聴する姿勢から生み出されたが、彼自身は再三再四、政治に巻き込まれ、非業の最期を覚悟した。
日本統治時代の1917年、朝鮮半島南部の統営(トンヨン)に生まれたユンは、50年代後半から西ベルリンを拠点に作曲活動を行い、国際的にも高い評価を得ていた。67年、突然韓国中央情報部(KCIA)によってソウルへと拉致され、北朝鮮のスパイ容疑で死刑宣告。しかし、著名な音楽家の署名活動や西ドイツ政府の交渉によって2年後に釈放された。民主化後も韓国再訪を果たせず、95年にベルリンで没した。
100歳の誕生日にあたる9月17日は、ユン・イサン一色の忘れ難い一日となった。午前中のコンツェルトハウスでは、京畿フィルが達意のプログラムを披露。ユンの2作品の間にリゲティの「Lontano」と細川の「Klage(嘆き)」をはさみ、全4楽章80分の交響曲のように構成したのである。
ユンの「Reak」(66年)は祖国の儀式音楽を意味し、地水火風のエネルギーが激しく交錯する。終曲の「Muak」(78年)も舞楽が原義。伝統宮中舞踊の「春鶯舞(チュネンム)」からモティーフを得た、大オーケストラのための舞踊幻想曲だ。ヴァイオリンのソロでゆっくりと始まるが、第2部ではテンポが加速し、宇宙の嵐に。笙(しょう)のロングトーンを連想させるオーボエやフルートのさえずりとの対比が、東西の美的かつ精神的な融合にまで高まる。京畿フィルの団員はユースオケのように若々しいが、シーヨン・ソンの巧みな指揮のもと、ユンの難曲を安定した演奏技術で表出。現代音楽を得意とするオケの高性能ぶりを印象づけた。
同日の午後は、会場をフィルハーモニーに移し、ユンのドキュメンタリー映画、室内楽作品のコンサートが続いた。ベルリン放送交響楽団の音楽監督に就任したウラディミア・ユロフスキーのデビューを飾る夜の公演でも、ユンの大オーケストラ作品「Dimensionen」(71年)が採り上げられた。笙の永続音がオルガンで模され、静寂の中での動きと、動きの中での静寂を反復しながら、巨大な破壊力が出現する。波瀾万丈(はらんばんじょう)の生涯を背景としたユン・イサンの不屈の精神性に開眼した。
(音楽評論家 藤野 一夫)
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