イクボス教育で満足する企業 それでは効果が無い
日経DUALの2017年版「共働き子育てしやすい企業グランプリ」調査で16年に引き続きアドバイザーを務めていただく、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事で、東レ経営研究所・上席シニアコンサルタントの塚越学さんに「管理職の育成」について話をうかがいました。
法律が変わって動き出す企業は増えた
――2016年は、初代グランプリ企業となったサントリーの「育休取得後のフルモード化」、特別奨励賞の丸井グループの「男性育休取得率を上げる取り組み」、同じくダイキン工業の「3種類の在宅勤務」などが目立ったキーワードとなりました。2017年も引き続き、「共働き子育てしやすい企業ランキング」のアドバイザーを務めていただきますが、ここ最近で感じられていることはありますか。
あくまでも肌感覚ではありますが、「何かしなくては」と動き出している企業は確実に増えていると思います。やはり「女性活躍推進法」(以下、女活法)の存在は大きいですね。それまでは昭和的な考え方でなんとかやってきたという企業も、女活法のために自社の行動計画を出してしまったので、計画と実態とのギャップを意識せざるを得なくなった。そのギャップを埋めるために何かしなくてはいけない。
そのため、「何かやりたいのですが、何からやればいいのでしょうか?」と問い合わせてくる企業が増えています。歴史的に見てもそうですが、やはり日本では、法律が変わって大企業が動き、それに連動して中小企業が動く、という流れがあります。企業は規制の影響を大きく受けますから。
「イクボスセミナー」を導入する企業は増加
――塚越さんは、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事でもあり、「イクボスプロジェクト」を推進し、イクボスセミナーも数多く手がけていますね。
私に来るセミナー依頼のうち、7割ぐらいがイクボス関連です。16年ぐらいまでは、イクボスセミナーを導入する企業は、ダイバーシティーや両立支援などのテーマに関心の高い先進的企業が多かったのですが、16年から17年にかけては、これまであまりそのようなテーマに取り組んでこなかった、女性社員の比率が低い企業などからの依頼も増えています。
「女性活躍のために何かしなくては」と考えて、イクボスのテーマから取り組み始める企業は多いです。イクボスとは、部下のワーク・ライフ・バランスを考え、社員一人ひとりのキャリアと人生を応援しながら、組織の業績も結果を出しつつ、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司のこと。イクボスが支援するのは女性だけではありません。女性の活躍はもちろん、介護や男性の育児参加、LGBTなどの課題解決は、言ってみればリーダー次第です。そのため、企業は「上司をイクボスに変えればすべてがなんとかなりそうだ」と考え、その近道として「イクボスの育成」というテーマが浮上します。最近、こういった課題に取り組み始めた企業でも比較的早く追いつきやすいテーマというイメージがあるのか、イクボスセミナーを導入する企業は増えています。
我々の世代はもう先送りできない
イクボス育成で難しいのは、ロールモデルが上の世代に少ないという点です。普段の仕事とは違い、先輩や上司のマネをすればよいという話ではないのです。
イクボス育成やワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティーなどの課題については、本来はバブル崩壊後、すぐに日本全体で取り組むべきものでした。人口推計上、日本の人口ボーナスは1990年代初頭に終わっているからです。でも、幸か不幸か、当時は国内市場もひとまず残っていたために、なんとか既存の働き方でも、経済が回ってしまった。そのために、過去の成功体験を引きずったまま、働き方改革を今日まで先送りしてきてしまったのです。先輩世代は逃げ通して、我々世代にバトンを渡してきました。そして、人口推計通り、人口は減っていき、大介護時代がもうそこまで来ています。我々の世代はもう目の前に崖が見えていて、もはや先送りはできないわけです。
そういうわけで、今の日本企業の中には先送りしてきた人ばかりで、ダイバーシティーマネジメントにたけたロールモデルが少ないのです。ですから、今の経営陣の世代と、若手世代の両方は一緒に新しい働き方にチャレンジしていかないといけません。経営陣の世代も「時代が許さなかったからやってこなかっただけで、今求められたらやるよ」という方が意外と多いんですよ。やり方が分からないというだけです。
イクボスセミナーに参加する社員の対象を広げる企業は増加しています。例えば、16年は役員や部長クラスのみが対象だったのを、17年は課長や一般社員にまで広げるといった動きがあります。
――役員や部長クラスから始めることが多いのですか。
働く現場で一番困っているのは課長です。上司からは数字を求められ、部下からは「育休取りたい」などと言われ、でも実は課長自身も家に帰れば小さい子どもがいる子育て期真っ盛りというような状態だったりして。
というわけで、イクボスのノウハウを最も必要としているのは課長ですが、課長を対象にセミナーをすると、その後のアンケートで「部長にも受けてほしかった」という声が多数寄せられるので、まずは、役員や部長クラスにイクボスセミナーをするよう薦めています。本来ならば役員から、部長、課長まで全員一緒に話を聞いてもらうのが一番効果的なのですが、大企業だとやはり課長だけでも千人規模になってしまうところが多いので、便宜上、階層別で集まってもらうことになります。
セミナーを導入するだけでは企業は変わらない
―― イクボスセミナーの成果は出ていますか。
16年ぐらいまでにイクボスセミナーを導入し終えた先進企業も、「ではこの1年でセミナー以外の新しい手を何か打てているか」というと、残念ながら何もできていないという企業も少なくありません。まだまだ過渡期ですね。もともと今日セミナーをして、明日実行して、明後日に成果が出るという性格のものでもないですから。
セミナーの導入だけでは企業は変わらない。研修なんて、聞いた当日は納得して「私も働き方を変えてみよう」なんて思っても、3日で忘れてしまったりしますよね。セミナーはあくまでもキックオフの位置付けでしかないんです。
求められているのは、セミナー後の評価やフィードバックといった仕組みです。例えば、セミナーで情報をインプットした上司が職場でイクボス宣言をしたとしたら、2~3カ月後に、部下がアンケートで上司のイクボス宣言が実行されているかどうか評価し、あらかじめ定めたKPIで測定する。そして、部署内でその結果をオープンにする。そんな仕組みを回していかなければ、新しい価値観は組織になかなか定着しません。
ただここで肝心なのは、組織の「2対6対2」の法則です。社員は、上の2割は放っておいてもちゃんと自分で考えて動けますが、下の2割は会社側がどう働きかけても何もやりません。課題は、平均的な6割をどう上の2割のレベルまで上げていくか、です。そのためには、イクボス宣言して、部下を巻き込んで何か行動したら、その事例を社内報やイントラネットに載せるなどして、「行動した人が褒められる」仕組みを作るべきです。この場合、行動した人が成功しなくてもいいのです。成功事例ばかり取り上げて褒めたたえると、失敗を恐れて行動を変革しない人が出てきますから。ですから、とにかく「あのセミナー後、実際に動いているところがあります」と、行動自体を褒めることがポイントです。それを見て、他の6割の人たちも「あ、会社はどうやらこっちに行きたいんだな」と理解する。そしてやっと会社全体の空気が変わっていきます。
セミナーはあくまで入り口。その後、1~2年間のフォローが用意されていることを事前に伝えておくと、上層部の思いつきや時代的なブームに乗った取り組みではなく、「しっかり計画されている」という安心感が社内で醸成され、俄然取り組みが進みます。
人事や評価制度に組み込むべし
さらに、イクボス育成を定着させるなら、長期的な視野で人事制度や評価制度まで変える必要があります。今は、評価基準はそのままに「意識だけ変えよう」という姿勢の企業が多いようです。しかし、評価基準が変わらなければ、誰も行動を根本から変えることはできません。せっかくイクボスセミナーを受けても、人事評価においては部下のワーク・ライフ・バランスを無視して会社の成果だけを求める上司、つまり「激ボス」が評価されるようでは、元に戻る上司も少なくないはずです。評価には2種類あります。昇進昇格といったフォーマルな人事評価制度と、社内表彰や社内報での紹介などインフォーマルな評価の仕組みです。
中には、ユニークな取り組みを始めた企業もあります。ある企業では、イクボスを人材改革のコアの一つとして位置付けているのですが、全国の社員にアンケートを取り、「部下からの評価」で部長のイクボス度ランキングを作り、さらに、その部長の「実際の業績」を掛け合わせた結果をランキングにし、上位にランクインした上司を表彰しています。部下からの評価だけではただの人気投票になりがちなので、業績を伴っているかを加えて表彰基準としているわけです。この取り組みの結果、「イクボスであることが評価される」というインフォーマルなメッセージを社内に打ち出すことができていると思います。
前述の例では、部下からの評価と業績の2つの要素を抽出して表彰基準にしていますが、本当は「イクボスである」という評価を公式な昇給などの評価基準にも入れないといけません。そしてイクボスでなければ昇進できない、「管理職=イクボス」が当たり前になるのが理想です。そうなれば、イクボスという言葉も不要になるでしょうね。
そこまで結果を出すためには、人事評価や人材育成システムなど、いろんなところをひっくり返す覚悟が必要です。人事評価についていうと、全項目の25%ぐらいはイクボスに絡む内容があるか確認しましょう。企業によっては新しい項目を増やす必要はないかもしれません。これまでの評価項目のうち、例えば人材育成やチームワークに関する項目は、イクボスとしての強化項目であることを明示するだけでも、イクボス推進には効果があると考えます。人間は、どの行動で評価されたか分かれば、行動も変えられるのです。会社がここまでやって、やっと社員全員に「上は本気だな」と伝わるのです。「上が本気で動いているなら、自分も動こう」とつながっていくわけです。
女活法を受けて、「とりあえず何かしなくては」ぐらいの軽い気持ちでセミナーにアプローチしてきた企業は、こちらがそういった話まですると、「もっと気軽な話だと思っていました」と驚かれることもあります。残念ながら、その後、そのまま立ち消えになる企業もありますが、イクボス推進はこれまでの経営計画や人事評価制度と矛盾していないなど、社内の関連部署と連携して論点を整理し、再度問い合わせてきてくださる企業もあります。本気の企業では必要に応じて人事評価を改革する議論も始まっています。
(ライター 小林浩子)
[日経DUAL 2017年9月11日付記事を再構成]
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