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乳がん患者の「きれい」を支援 ある美容師の思い 

日経Gooday

2017/10/30

「がん患者さんが普通に通える美容院を増やしたい」と話す上野修平さん
日経Gooday(グッデイ) カラダにいいこと、毎日プラス

 がんの治療を続けながら仕事をする人、日常生活を送る人が増えてきた。社会の意識も変わり、企業が自社社員のために治療中の就労システムを作ったり、顧客のために保険商品や日常生活のサポートサービスを拡充させるなどの動きが広がっている。そんな中、町にあるごく普通の美容院も乳がん患者をサポートする活動を始めている。10月の乳がん月間に合わせ、その取り組みを紹介する。

■乳がん患者が普通に通える美容院を目指して

 ウィッグ(かつら)をかぶった乳がん患者の髪を美容師がセットすると、患者は鏡に映る姿を見て「気分が若返る」「うれしい!」と声を弾ませた。脱毛の悲しさ、不安を口にしていた患者たちの目が輝き、明るい笑い声が上がる――。

 東京・築地で美容院を経営する美容師の上野修平さんは、聖路加国際病院ブレストセンター(東京・中央区)で、乳がん患者を対象に髪や爪の変化[注1]とケア方法を教え、美容に関する悩みに答えるボランティア活動を行っている。

 「ビューティ・リング」と名付けられたこの活動は、2013年から毎月1回行われている。3回1セットで、1回目は上野さんと美容師の工藤真知子さん、ネイリストの菅原ひとみさんによるヘア・ネイルケア、2回目は美容専門家によるメークのレクチャー、3回目は看護師さんと参加者のミーティングだ。

「帽子姿をより自然に見せるには、帽子から少し毛髪が見えるようにするのがおすすめ」と上野さん。ビューティ・リングでは、100円ショップで入手できる前髪ウィッグを帽子に取り付ける方法などを紹介している

 上野さんが経営する美容院「Salon Omm」では、抗がん剤投与の影響で脱毛に悩む患者が安心して通える美容院の環境づくりとケアも実現している。

 抗がん剤の種類は多く、副作用も様々だが、種類によっては脱毛する可能性が高く、患者は外見的なつらさも体験しなくてはならない。そこで、「Salon Omm」ではもともと着物の着付け用に確保していたスペースをがん患者用の個室として使えるようにした。2台並んだシャンプー台の間にも目隠しのロールカーテンを付けているため、患者はほかのお客の目を気にすることなくケアを受けることができる。

脱毛に悩む患者用の個室として使っているスペース
2台のシャンプー台の間にはロールカーテンを取り付けた

 上野さんが乳がん患者のサポート活動を始めたのは、聖路加国際病院の乳腺外科部長・ブレストセンター長の山内英子さんが、美容院のお客さんとして通っていることがきっかけだ。山内さんは、脱毛した患者さんたちに単にウィッグをかぶってもらうだけでなく、ウィッグ使用前後も含めた中長期的な美容面のサポートができないかと、上野さんに相談した。

 上野さんは「プロの美容師がアドバイスやサポートをすることで、抗がん剤治療による脱毛を経験した方々にも、きれいで、かわいく、カッコ良く、元気に暮らしてほしい」と考えて山内さんに賛同した。まず、乳がんと治療について多くの書籍を読み、山内さんや看護師さんから学んだ後、ネイリストの菅原さんらと、髪や爪に現れる変化とケア方法をまとめたテキストを作成。ビューティ・リングでの講義に使用している。

 さらに、上野さんの活動を知って美容院を訪れる乳がん患者の悩みを解決すべく、プロの技術を駆使して、病気と闘う患者さんたちを美容面から支えている。

■「ウィッグを脱ぐこと」を勧めるワケ

「自分の髪が生えてきたら、できるだけ早くウィッグを脱ぐように勧めています」

 来店する患者には、抗がん剤投与が終了した後に、徐々に伸びてきた毛のスタイリングに悩む人が一番多いという。

 「これまで300人ぐらいの乳がん患者さんのケアをしてきました。抗がん剤による脱毛後に生えてくる毛はクセが強いことが多く、生え方はまばら。患者さんの年齢的に白髪が混じっていることも多いため、上手にカットして、スタイリングのコツを教えてあげないと、自分でセットすることは難しいのです」と上野さん。乳がん患者さんのボリュームゾーンである40代は、病気がなくても髪質が変化する年代。個々人の髪の状態と折り合いをつけながら、新しいヘアスタイルを提案している。

 ウィッグ業者は、頭部全体の毛が生えそろうまではウィッグをかぶり続けたほうがよいとアドバイスするケースが多いようだ。しかし上野さんは、「ウィッグはどんなに精巧にできていても人工物。自分の髪が生えてきたら、できるだけ早くウィッグを脱ぐように勧めています」と話す。それは、つらい脱毛状態を経て、やっと髪が生えてきた患者の喜びの深さを知ったことも影響している。

 ある患者が、ベリーショートのデザインができる程度に髪が伸びてきたので、「ウィッグを脱ぎましょう!」と勧めた。耳の周りの毛をカットしていたとき、彼女の目から涙がポロポロとこぼれ落ちたことに気づいた上野さんが慌ててどうしたのかと尋ねると、彼女は「ハサミの音が懐かしくて……。やっとこの状態まで来ることができた。日常生活に戻ってこられたと思ったんです」と涙声で答えたという。

[注1]抗がん剤を投与したがん患者には髪や爪などに様々な変化が起こることがある。詳細は記事後半で解説する。

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