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立川談笑、らくご「虎の穴」

義父母のはずが実の父母 写真不在に隠された難病の痕 立川笑二

2017/9/24

PIXTA

 師匠と兄弟子の吉笑とともにリレー形式で連載させていただいているまくら投げ企画。28周目。

 今回の師匠からのお題は「危なかったけど、助かった」。

高座に上がる立川笑二さん(東京都武蔵野市) 

 私は高校を卒業するころまで、自分が養子であると思い込んでいた。

 家にいるのは義父と義母であり、両親は全く別のところにいて、なんらかの事情があって預けられているのではないかと考えていたのだ。

 私がそう考えていた一番の理由は、私が生まれてから1歳までの期間の写真が1枚もなかったからである。

 1つ年上の兄も、3つ年下の弟も生まれてすぐのころからの写真がたくさんあり、大量のアルバムに収められているのだが、私だけ2歳ころからの写真しかないのである。

 このことに最初に疑問に持ったのが、小学6年生くらいのころだった。父に「なぜ、僕の生まれたばかりのころの写真がないのか」とたずねると

 「知らない」

 と答えられ、母からは

 「気のせいだ」

 と言われた。「気のせいのはずがない。実際に1枚もないじゃないか」と抗議を続けると、とうとう母から

 「大人になったら教えてあげる」

 という言葉が出てきたのだ。

 はい、養子決定! 俺の本当の両親は、この人たちではないのだな。前々からおかしいと思うことはあったんだ。兄弟の中で俺だけ運動能力が低く、俺だけが太っている。同じような物を食べて暮らしているのに、この差は何なんだと思っていたんだ。いつの日か本当の両親が誰なのか、教えられる日が来るのだろう。慈悲深い義父母に、あまり迷惑をかけてはいけないな。

 そう思った私は、この出来事があった時期から急激に、良い子になった。というか、それまでが度の過ぎた問題児であったため、ごくごく普通なまともな子になり、反抗期という時期はそれ以降、全くなかった。

 それから月日は流れ、高校の卒業式を前日に迎えた夜。卒業後、芸人になるために沖縄を出ることが決まっていた私は、母に「俺の、本当の両親は誰なのか?」と聞いてみた。

 今回はその時に知らされたお話。28投目。えいっ!

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