
分析・計測機器大手の堀場製作所は、エンジン排ガス計測システムや半導体製造装置用のガス制御機器で世界トップのシェアを誇る。創業者である父、故堀場雅夫氏から会社を受け継いだ2代目、堀場厚会長兼社長は「おもしろおかしく」を社是とする個性的な企業風土を守りながら、積極的な買収戦略を展開、グローバル化を進めてきた。若いころから海外勢と競ってきた堀場氏に、世界を相手にする際の「装い」について聞いた。
後編「服装もマネージできずに、人をマネージできますか?」もあわせてお読みください。
――スーツに強いこだわりを持たれているとうかがいました。
「スーツはビジネスの世界のいわば戦闘服のようなものですね。提携や買収、顧客訪問などで海外出張の機会が多いのですが、やはり相手が着ているスーツは気になりますね。海外のエグゼクティブ、特に欧州の方は身だしなみをきちんとしています。ネクタイひとつとってもそうです。だから逆にいうと日本のクールビズは、少し違和感があります」
「その省エネという精神自体は良いのですが、『それならネクタイを外す前に上着を脱ぐべきではないか』と思います。スーツを着てノーネクタイというのはグローバルではだらしない印象を与える恐れがあります。少なくとも欧州ではビジネスの世界でそのようにネクタイを外している人はあまり見かけません。米国のカリフォルニアでは、上着やネクタイはせず本当のクールビズを実施しています」
「ネクタイを外して、上着は着用しなさいという。やはり日本人というのは、何か教科書的なルールに安心したり、言葉に踊らされるところがあって、実質的な意味を考えるところで弱いと感じますよね」
「コーディネーションは自分というよりは家内の方が…」と話す堀場氏「プロトコルというのが分かっていない。例えば、暑い時期に着物を着るために、腰紐(ひも)だけ結んで、『帯をしたら汗をかくからしません』と言っているのとほぼ一緒ですよね。それならまず、それらしい夏物の着物を着るか、浴衣にするでしょう、という話ですね」
「人と会うときには、やはり言葉遣いや服装など、TPO(時・場所・場合)に応じてのマナーというものがありますよね。それをルーズな方向に、真のマナーの意味を分かっていない人たちがスタンドプレー的にルール化を進めているという感じがしますね」
「だから京都に本社を置き、グローバル展開する当社では基本的にクールビズはしていません。ただし、郷に入れば郷に従えで東京地区の拠点の社員は東京ではあたり前になった、クールビズスタイルにしたらいいと言っていますが。社内を見ていただいたらお分かりになるかと思いますが、ネクタイをしなくもいい夏用の制服を作り、単にノーネクタイではない着こなしを奨励しています」
――街のビジネスマンの装いを見ると「ちょっといかがかな」と思われますか。
「東京に行くと感じますね。京都はあまり、クールビズはしていないように感じます。良い意味で場面に応じて『正しい装いをしなさい』というのがあります。もちろんクールビズをしている方もおられますよ。中央で決まった方式をやらざるを得ない方もいらっしゃるから。でも京都の人は結構、ネクタイをしているケースが多いですよね。あるいは逆に上着を脱いで、気楽な格好でやっているか、どちらかです」
「ネクタイをしたい人はしたらいいじゃないですか。なぜ強制するのか、私にはよく分からない」「私としては、政府が発信するやり方というのは言葉や、建前だけで中途半端に感じることが多いです。面白いことに、会合などで、『今はクールビズしなきゃならないから』と、わざわざ私にお断りになる方がおられます。ということは、本人も本来はきちっとしておきたいと思っているけれども、役所からのルールなのでやらないといけないから、ということなのでしょう」
「最近は会合の案内などでも、わざわざ『クールビズで』と書いてあることがあります。ネクタイをしたい人はしたらいいじゃないですか。なぜ強制するのか、私にはよく分からない。別に暑くても私はネクタイをしたいのだから。自由にしたらいいと思うんですけどね」
「中途半端ですよね、日本は。不必要なルール化をしたり、レギュレーションを設けたりしてね。私が物理系だから特にそう考えるのかもしれませんが、何とも言えない理屈の、空想上のルールというのは納得できないし、ナンセンスだと思います」
「この前、顧客であるイタリアの有名なスポーツカーのメーカーに行ってきましたが、工場見学でも幹部は全員きちんとネクタイをしていました。こっちは暑いし、『上着、脱がせてくれないかな』と思ったくらいですが、我々のお客さんがスーツを着て案内してくれるのですから、脱げなかったですよ。このような人たちが日本式のクールビズを見たら、どう感じるでしょうか。『文化のないやつらだ』と思われるかもしれません。まあ、洋服文化は西洋ですから、もともと日本にないのは事実ですけども」
――装いに気を配るようになったのはいつごろからですか。
「大学卒業後、1971年に渡米し、カリフォルニアにある現地の合弁会社に入社しました。アメリカでまず、東部の大手自動車メーカーから堀場グループの同社に移って来た幹部に『エグゼクティブたるもの、まずは身だしなみだ』と言われました。『まずカフス(カフリンクス)は絶対にしないとダメだ。袖をボタンで留める普通のシャツはブルーカラーの労働者が選ぶものだ』と」
カフスは30組ほど持っているという
理系出身とあってメカニカルなものが好みだ「帰国後、渡米して彼らについてトップのお客さんを訪問するときにはまず普通のカッターシャツは着ていかない。『ちゃんと、カフスのシャツを着ろ』といわれました。それが20歳代後半、30歳代前半ですね。でも、カフス(をするドレスシャツ)というのは日本には当時売っていなかったため、無理してオーダーシャツをつくっていました」
――装いの中でも気をつけているのはやはりスーツですか。
「スーツは好きですね。気が引き締まるというか。着物でいうと帯をピシッと締めると、気が引き締まるということとよく似ていると思います。やはり朝、スーツをきちんと着ると、すぐ仕事モードに立ち上がるという感じがしますね」
「基本的にブランドは気にしていません。ただ、メーカーによって基本の体形が微妙に違うんですよね。英国やフランス系のものなども色々と試したのですが、私にはアルマーニ系がぴったり合います。私は日本人の平均よりちょっと手が長いんです。もちろん日本にも良いものがありますが、袖丈が私には短いんですよ。それと、少し胸幅があるので、日本製では胸回りがきつい。胸回りに合わせると今度はダボっとしたデザインになってしまう。やはり、イタリア製の方が私のサイズに合い、ピシッと締まってみえるデザインが気に入っています」
「体形は中学生の時に水泳をしていたからでしょうか。小学生の頃は背の順で並ぶと、前から何番目かというくらい小さかったですが、成長期に水泳をして急に大きくなりました。父(堀場製作所創業者の故堀場雅夫氏)も中学高校時代にラグビーをしていて体格がよかったですね」
「スーツは30着から40着くらいあります。ただスーツもはやりがあって、最近困っていることはズボンが細くなってきていることです。持っているズボンはみんな今のトレンドに比べるとちょっと幅広なんですよね。スーツは今までもある程度のピッチで買っていましたが、ここにきてちょっとピッチを上げています」
(聞き手は平片均也)
後編「服装もマネージできずに、人をマネージできますか?」もあわせてお読みください。
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