横山剣 『タイガー&ドラゴン』生んだマスタングGT
「俺の話を聞け!」という強烈なフレーズが耳に残るクレイジーケンバンドの名曲『タイガー&ドラゴン』。この楽曲を元に同名のドラマが制作されたことはあまりに有名だ。そんな人気バンドが2017年、結成20周年を迎える。
ロックやファンク、ヒップホップ、歌謡曲、ラテン音楽などをごちゃ混ぜにした独特のサウンドと港町横浜の異国情緒漂う歌詞の世界を描くのは、バンドのリーダーでフロントマンの横山剣その人。粋でおしゃれなビジュアルと、「いいね!」の決め台詞(ぜりふ)が似合うダンディーは、1950年代の英国製クラシックカー「オースチンヒーレー」を愛蔵していたり、「BMW2002tii」をレーシング仕様にカスタマイズして自らレースに出たりと、根っからの自動車愛好家としても知られている。
今回は、現在所有する愛車の中で、2016年末に入手して、普段乗り用に使っているという「クライスラー SRT8」について語ってくれたが、選んだ理由は意外なものだった。
2016年のクリスマスころに、それまで乗っていたキャデラックをメンテナンスに出そうと、なじみのディーラーに持っていたんですよ。そうしたら、そこで出合ってしまったんです、この「クライスラー SRT8」(以下、SRT8)に。
もともと好きな車種ではあったんですが、これまではついつい目移りして他の車を買っていた(笑)。でもそのときは、店頭で見てすぐに「これ、試乗させてほしい」と言いました。キャデラックも良かったんですが、左ハンドルしかない。僕は18歳で免許を取ってから、ずっと自分で日常的に運転するから、やっぱり雰囲気だけじゃなく使い勝手も気になります。昔はアメ車(アメリカ車)も結構右ハンドルを作っていたんですが、最近は数も少なくなって。クライスラーは珍しく右ハンドル車を用意しているメーカーなんですよ。
はなから好きな車なので、ほぼ即決でしたね。色はアイボリーが好きなんだけど、選択の余地があまりなくて。3つくらいある中から黒を選びました。今持ってる車もバイクも黒だから、統一しちゃおうかなと。汚れや傷が目立つんですけど、いつの間にかガレージは黒だらけです(笑)。
SRT8はぶつかりそうになるとブザーで知らせてくれるのでバックも楽ですし、ストレスなく運転してますね。前の車もバックモニターは付いてたんですが、若干、後方視界が悪かった。それに比べるとアメ車の中では中くらいの大きさなので、街中でも駐車しやすいですね。
北米で走っている姿をイメージして、車を選ぶ
まあ、そもそも熟考して買うほうじゃないんです。家だってあんまり考えずに買っちゃったし、人生で初めて買った車「オールズモビル・カトラス・サロン」なんて排気量7500CCで過去最大(笑)。燃費はとても悪くて、街中では3キロ/リッターくらいでした。
カトラスは海外で走ってる姿を見てグッときた、それが決め手でした。これまでに国産車を含めていろいろな車に乗ってきましたが、たいていの場合は北米で走るのを実際に見てグッときたか、ヒップホップアーティストのビデオや、映画でかっこいい人が乗ってるのを見てシビレたとかが(買う)理由。国産車に乗ってるときでさえ、自分の中では「これは北米で見たからアメ車なんだ」って言い聞かせてました(笑)。
後から「あ、失敗した」ってことはよくあります。SRT8も、車重が重くてコーナリング性能が思ったほどじゃないとか、ちょっとした不満はある。でも、そういう欠点も含めて愛してるんですよ。最初から完璧さを求めるなら国産車やドイツ車を選べばいいんだから。アメ車やイタ車(イタリア車)は欠点こそ魅力、みたいなところがありますね。
「これが欲しい」と突然思うので選び方に一貫性はありませんし、心変わりも激しい(笑)。SRT8を選んだのも、今の僕のテーマが「攻め」で、それにたまたまフィットした。エンジン音も結構聞こえるし乗り心地もゴツゴツしているのですごく快適ってわけではないけど、攻めたい今の気持ちには合っています。ただ、他に浮気したい車も数台ありますよ(笑)。
もしあのとき、フィーリングが違っていたら違う車を選んでいたんじゃないかなあ。少し前に電気自動車のテスラに乗ってみたことがありましたが、加速も素晴らしいし音楽も充実して別次元の乗り物みたいなおもしろさがありました。インフラ面でまだ不安なところもありますが、気分が違っていたらそっちを選んでいたかもしれませんね。
曲作りも車の中、自然に出てくるメロディー
曲が最もできるのは移動中です。車種に限らず運転していると曲が浮かぶんですね。目に映る景色が変わっていくことで曲が押し出されてくることもあるし、その街の持つ雰囲気というか磁場みたいなえたいの知れないものに感化されることもある。自分にとって落ち着く空間なのか、メロディーが浮かぶスイッチがあるのかもしれません。
20周年記念ベストアルバム『愛の世界』に入っている、『葉山ツイスト』という曲はバイクのレースで最後の周回中にメロディーが浮かびました。先頭切ってチェッカーフラッグを振ってもらい、みんなから「おめでとう」って祝福してもらってるのに、「ちょっと待って、録音するから」って、浮かんだメロディーを吹き込みました(笑)。
『GT』は、2002年に「フォード・マスタングGT」65年式を買ったことがきっかけでできた曲。納車されて、その足で第三京浜を運転していたら鼻歌で出てきました。また、その車で横須賀方面を運転していて浮かんだのが『タイガー&ドラゴン』です。出だしの「トンネル抜ければ~」のくだりは、まさに景色に押し出された歌詞ですね。普段は細かなニュアンスを練り上げて書くことが多いんですが、この歌詞はどんな話を聞いてほしいかも未設定のまま(笑)歌詞だけが先に完成してしまった。手を加えようとしても完成していて無理でしたね。マスタングは手がかかってだいぶ修理費もかさんだけど、この歌のおかげで元が取れたかな(笑)。
自分が作る音源チェックにも、車は欠かせません。ミックスダウンした音源を、どの段階でフィニッシュさせるかを決めるときは最終的に車のオーディオで聴いて決めますね。スタジオの機材は一般のリスナーと一番かけ離れた環境ですから、リスナーが使う環境に合わせて、ヘッドホンやパソコンの小さなスピーカーでも聴いたりします。ですから、車のオーディオもごくごくノーマルなもの。真空管アンプを搭載したら最高のオーディオルームになりますが、そうすればするほどリスナーとは乖離(かいり)してしまいますからね。
直感を信じて生きてきた
改めて考えると、予感とか直感とか、そういうのばかり磨いてきたように思います。小学生の頃から「あっちは賢そうだけど、こっちのやつらと一緒にいた方が面白いことが起きそうだな」とか、何か楽しそうなことやいい意味でざわざわする感覚を指針にしてきました。理詰めで「こうだからこう」って決めつけてしまうともったいない。取りこぼしたり捨てちゃうようなもの、ゴミ箱の中に、実は面白いものがあったりするのかなと。みんなから「それはよくないよ」って言われる中から、お宝を探し出すことはよくありますね。
そうやって、予感がする方に舵(かじ)をとることを良しとしてきて今があります。クレイジーケンバンドを組もうとメンバーを選んだときも直感を大事にしましたが、それがいい結果に結びついているのかなと。20年一緒に歩み続けてこられたことがその証しだと思っています。
ありがたいことに結成から20年たちましたが、やりきった感は全然ないんです。親子ほども年齢が違うバンドがかっこいいライブや音楽をやっているのを見ると、今も昔と同じように刺激を受けます。まだまだまだまだ……やりたいことは尽きません。それを勝手に「のびしろ」だと思って、これからも突っ走っていいものをおくり続けたいですね。
1960年生まれ、横浜市出身。クレイジーケンバンドのリーダーでボーカルを務めるほか、作詞・作曲から編曲まで手がけ、自己流で鍵盤も弾く。中学2年からバンド活動を開始。1981年にクールスRCのボーカル兼コンポーザーとしてデビュー。その後いくつかのバンドを経て、1997年にクレイジーケンバンドを結成。『タイガー&ドラゴン』などをヒットさせる。2017年8月2日には結成20周年を祈念して『CRAZY KEN BAND ALL TIME BEST ALBUM"愛の世界"』をリリースした。9月から11月にかけて全国ツアーを開催。
(文 橘川有子、写真 藤本和史)
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