「ないものはない」 若者が移り住み、離島を再生島根県の海士町(上)

海士町にはフェリーで約3時間かかる
海士町にはフェリーで約3時間かかる

島根半島の沖合約60キロ、日本海に浮かぶ隠岐諸島は大きく「島前」と「島後」に分かれている。島前に位置する有人島が西ノ島、中ノ島、知夫里島の3島で、なかでも注目を集めているのが人口約2300人の中ノ島、つまり島根県海士町だ。地方創生のトップランナーとして、若い移住者たちを引きつけ続けている離島が今、新たなピンチを迎えているという。日本列島の未来がかい間見える島で、町が直面している課題を追いかけた。

消滅への赤信号がともる島

島根県本土にある七類港からフェリーに乗って約3時間、押し寄せる波に揺られて海士町の玄関口、菱浦港へ到着した。海士町に拠点を置く町おこしベンチャー「巡の環」が主催する、島の就農移住体験ツアーに同行するためだ。

ツアーに参加していたのは、東京や大阪、神奈川などで暮らす男女9人。多くは都会での働き方に疑問を抱き、いずれは農業をしながら田舎暮らしをしたいと考えている20代、30代だ。

日本海の隠岐諸島にある島根県海土町

フェリーから降りてすぐ目に飛び込んできたのは、大きく「ないものはない」と印字されたポスター。都会のように便利ではないものの、本当に大切なもの、生活のために必要なものはなんでもある自然豊かな島を表すスローガンで地元ではすっかり定着している。

島根県海士町が広くその名を知られるようになったのは、消滅への赤信号がともってからだ。高度経済成長期以降、島では人口流出の時代が長く続いた。1950年(昭和25年)には約7000人いた人口が、今では約2300人にまで減っている。

1999年度(平成11年度)の段階では、年間予算約40億円の町が、約100億円の借金を抱えていた。「三位一体の改革」が吹き荒れた2004年度(平成16年度)には、地方交付税が一気に1億3000万円も減少。これは町の税収に匹敵する額だった。海士町を含む島前3島は「平成の大合併」も拒否し、すでに単独町制を維持する道を選択している。

財政シミュレーションでは、2008年には財政再建団体(現・財政再生団体)に転落するという予測もあった。危機感募るなか、町のリーダーである山内道雄町長が自らの給与を5割カット、職員も最高で3割カットするなどして危機を乗り越えてきた。トヨタ自動車、ソニー、リクルートなど都会の大企業に勤めていた若者が相次いでこの島にIターンして注目を集めたのも、そんな危機の最中だった。

元トヨタマンで、「巡の環」代表の阿部裕志さん

「僕に与えられた最初の課題は、第三セクターが運営しているCAS凍結センターの生産工程を、トヨタ生産方式で改善することでした」と話すのは、Iターン者のひとりで、ツアーを主催した「巡の環」代表の阿部裕志氏だ。愛媛県出身で、京都大学大学院を修了後、トヨタに入社した。生産技術エンジニアとして高級車「レクサス」の立ち上げや生産ラインの革新に携わっていたが、2008年、会社を辞めてこの海士町へと移り住んだ。

島で働く4人に1人がIターン

ツアー初日、住民たちの憩いの場として使われている廃校となった小学校の教室で、巡の環のスタッフからこんな説明を受けた。

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