海外が注目する日本の桜前線 日々取材の舞台裏は?
インバウンドサイト発 日本発見旅

桜の開花が心待ちにされる季節になりました。それは、ジャパンガイドが一年で最も忙しくなる時期でもあります。
japan-guide.comの名物企画「桜リポート(Cherry Blossom Reports)」は2009年にスタートし、今年で9シーズン目を迎えます。当初はシャウエッカーとスタッフ1人で作っていたページですが、今や社員も増え、複数で同時に全国各地に取材に行けるようになりました。各自が力を入れてほぼ毎日リポートしているので、その情報量はかなりのもの。よく「この桜リポートはどのように取材しているのですか?」という質問を受けます。
実は、こんなふうに作られているのです。
年が明けたら取材計画をスタート
桜の取材プランは、シャウエッカーが1人で考えます。
年が明けると、まず「今年はどこへ行こうか」と考え始めるのです。定番のお花見スポットは毎年必ず行きますが、それ以外で最近人気の場所などもリストに加えますし、桜だけでなく周辺の観光地と組み合わせることも考えます。
例えば今年は、2017年に世界文化遺産登録を目指す候補の一つとして、福岡県の「『神宿る島』宗像(むなかた)・沖ノ島と関連遺産群」が選ばれていますので、その取材と桜リポートを組み合わせて日程を考えるのです。

人気スポットは週2~3回ペースで取材
どのお花見スポットも「もうすぐ見ごろ」というときにリポートしたいのですが、自然が相手のことなのでなかなかそうもいきません。しかし、はるばる外国から日本のお花見を楽しみにやってくる観光客のために、最新の生情報をお伝えするということを最大の使命として取り組んでいます。
そのため、リポートする回数にメリハリをつけ、同じスポットを何度も訪れることもあれば、シーズン中に1回のみという場所もあります。例えば、外国人観光客が訪れるスポットは東京と京都が圧倒的に多いため、その取材回数は他所に比べて非常に多く、ピーク時は3日に1度は訪れているほどです。中でも超人気のスポット――新宿御苑、上野恩賜公園、千鳥ケ淵、嵐山、円山公園――は、週2~3回の割合で訪れています。
富士山周辺の桜スポットも人気で、富士山と桜と五重塔(忠霊塔)が同時に撮影できる山梨県の新倉山浅間公園や、湖に映る景色と桜が美しい富士五湖周辺は、シーズン中に2回ほど取材に行きます。
そして、東京と京都に関しては、桜が開花している期間だけではなく、つぼみのときからリポートを開始し、散り終わってからも続けることがあります。同じスポットの中でも遅く咲く桜もありますし、「桜吹雪」や「花筏(はないかだ)」といった風情ある楽しみ方も紹介しているからです。
「また同じ場所に行っている」とコメントしてくるユーザーも時々いますが、今の状態を伝えるのがいちばん大事とシャウエッカーは考えています。外国人観光客は毎日、日本に到着していますので、その人たちに役立つ情報をお伝えしたいと思い、人気スポットは続けてリポートしているのです。


各地の「見ごろ」を独自予想
年明けから桜開花のことは常に彼の頭の中にあり、2月後半を過ぎますと、ニュースなどでも今年の開花予想が頻繁に発表されるようになります。
取材日程を組むのに欠かせない開花予想ですが、まず気象庁や日本気象協会の情報を参考にして各地の取材プランを決めていきます。東京と京都は別にして、シーズン1回しか取材に行けないスポットは、開花~五分咲きのタイミングで取材に行けるよう、スケジュールを組みます。
シャウエッカーが重視するのは、開花日そのものではなく、見ごろはいつかということ。彼が考える「見ごろ」とは「六分~七分咲きから満開まで」だそうで、各地から開花便りが聞かれると、その地の見ごろになる日を独自に計算してサイト上で発表しています。
ただ、この時期は「三寒四温」で気温が乱れがち。時には予想通りにならない難しさも感じているようです。

担当者と取材旅行日程を決める
全体のプランができたら、担当者と取材旅行の日程、そして拠点となる場所を詰めていきます。
日本を大きく3つの地域(西日本、関東周辺、東北以北)に分け、それぞれの担当者を決めます。
桜前線は南から北上していきますので、まずは九州から。福岡市内にホテルを取り、長崎・熊本の取材には日帰りで出かけます。その後、広島に移動して宮島も取材。さらに関西地区に進んで京都・大阪・奈良・神戸・姫路などのリポートをします。この間、約3週間。ずっと1人のスタッフが担当することもありますし、2~3人で交替することもあります。
ジャパンガイドのオフィスは群馬県にありますので、東京をはじめ関東周辺のお花見スポットは日帰りで取材します。都内各所、鎌倉、富士山周辺、そして仙台市内も日帰りです。
東北地方は見頃に合わせて南部から北上し、福島の花見山、岩手の北上展勝地、秋田の角館、青森の弘前などを3日ほどで取材していきます。そして北海道に渡り、函館、松前、札幌の桜をリポートします。

新人スタッフにレクチャー、桜取材のノウハウ
桜の取材をするために大事なことが2つあります。新人スタッフには、それを教えるレクチャーの時間と、実際にお花見スポットに同行する実践取材の時間を、必ず設けています。
大事なことの1つめは、桜の種類を知ることです。日本の桜は、約8割を占めるソメイヨシノと枝垂れ桜系に大きく分けられ、さらに枝垂れ桜には八重紅枝垂れや紅枝垂れなどいくつかの種類があります。
桜の種類自体は約600もあるともいわれていますが、取材にはこの3種を覚えておけばよいそう。最近は、桜の木に種類の名札を付けているところが増えており、たいへん助かっているそうです。
開花する順番は、1.紅枝垂れ、2.ソメイヨシノ、3.八重紅枝垂れで、1よりさらに早い種類に寒緋桜や河津桜があります。
大事なことの2つ目は、花の状態を見て何分咲きか判断できることだそうです。二分咲きや五分咲きが判断できるようになると、そこから先の見ごろとなる日を予想できるからです。ただ、五分咲きでも十分きれいなので、外国人はそれを満開と思って満足している人も多いとか……。
見ごろを予想する大事な判断材料として、開花から満開までが何日か、天気(雨、風)はどのように影響するかというポイントがあります。それらは桜リポートのためにシャウエッカーが作成した「ガイドライン」に書いてあり、それに従って予想していきます。
写真は、全体像と花のクローズアップを必ず撮影します。その際、花の状態がリポートの文章と食い違わないように注意しなければなりません。例えば「二分咲き」とリポートしながら、全部咲いている枝のクローズアップでは矛盾してしまいますし、実際の状況が伝わりません。今の状態を正確に。それが最大のポリシーなのです。
開花予想がはずれたら?
予想外の事態も、もちろん起こっています。
2010年、開花宣言が出された後、寒い日が続き、それ以上花が開かなかったことがありました。日帰りなら取材自体を延期すればいいのですが、あらかじめ数日の日程を組んでいた西日本の取材旅行はすべて空振りに終わる日々でした。
そのような時はどうするか……。
そういう場合も、ありのままをリポートするのだそうです。満開の写真を撮るために行っているのではなく、旅行者に見ごろを伝えるために行っているからです。
昨年はまた別の展開でした。3月が暖かかったので全国ほぼ同時に咲き始めて、早くに散ってしまったのです。
やはり自然が相手のことですので、毎年的確に予想するのは難しいようです。桜リポートも9年目になり、もっと精度が高くなっていいはずなのにこのような予想外のパターンがあると、シャウエッカーもぼやいていました。

リポートは即日公開、時間との勝負
桜リポートは早さが命。取材に行ったら、スタッフはすぐにリポートを書きます。
数日間の取材旅行中は、夕方ホテルに戻り、夕食前に書き上げます。日帰り取材の場合は、帰路の新幹線や電車の中で。そしてシャウエッカーがすべてチェックし、その日のうちにサイトの「桜リポート」ページにアップします。
通常の観光地の記事ならばそこまで早く仕上げなくてもよいのですが、桜の開花期間は短いので、時間との勝負。「今日の桜」の状態を早く知りたいユーザーがたくさん待っているからです。その声に応えるべく、みんな気合いを入れて頑張っています。
スタッフたちも桜が大好き
このように厳しいスケジュールの日々ですが、ジャパンガイドのスタッフは皆、桜のシーズンを楽しみにしています。何人かに話を聞いてみました。
シンガポール出身のレイナは、もうかなりのお花見スポットを取材していますが、特に好きな場所は角館、弘前、函館の五稜郭だそうです。取材にはやはり彼女のお気に入りのレゴ人形たちを連れていくそうですよ。
今年「桜リポート」デビューとなるイギリス人のサムは「緊張しています。でも楽しみでもあります」とのこと。以前は大阪に住んでいて、好きなお花見スポットは毛馬桜之宮公園と大阪城公園だったそうです。
シャウエッカーが特に好きなお花見スポットは、福島市の花見山と弘前城とのことでした。
ジャパンガイドの桜リポートを読んで、たくさんの外国人観光客が日本のお花見を楽しんでいってくれることを毎年願っている私たちです。

ジャパンガイド(株)取締役。群馬県生まれ。海外旅行情報誌の編集者を経て、フリーの旅行ライターとなり、取材などで訪れた国は約30カ国。1994年バンクーバーに留学。クラスメートとしてスイス人のステファン・シャウエッカーと出会い、98年に結婚。2003年、2人で日本に移住。夫の個人事業だった、日本を紹介する英語のウェブサイト「japan-guide.com」を07年にジャパンガイド株式会社として法人化。All About国際結婚ガイド、夫の著書『外国人が選んだ日本百景』(講談社+α新書)『外国人だけが知っている美しい日本』(大和書房)などの編集にも協力。
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