エンタメ!

エンタな話題

村上春樹新作を読む 『騎士団長殺し』3識者に聞く

2017/3/4

村上春樹さんの新作「騎士団長殺し」の発売準備をする店員(2月23日夜、東京都千代田区の三省堂書店神保町本店)

 村上春樹の新作小説「騎士団長殺し」(新潮社)。既に130万部を発行し、文学界の話題をさらっている。複雑な寓意(ぐうい)と謎に満ちた物語を3人の識者に読み解いてもらう。

■「騎士団長殺し」のあらすじ
 主人公の「私」は肖像画家。妻と別れ、今は認知症が進み養護施設に入っている日本画家・雨田具彦の旧宅に一人で暮らしている。
 ある日、「私」は屋根裏部屋で「騎士団長殺し」と題した日本画を発見する。モーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」に材をとり、若者が「騎士団長」を刺殺する場面を描いた作品で、雨田が描き、ひそかに隠していたものだった。
 「私」に肖像画の制作を依頼する謎の資産家・免色や、「私」に絵を習っている少女・まりえら多彩な人物との関わりを通じ、主人公は「騎士団長殺し」に秘められた謎を探究することになる。

■創作の信念・父の死描く 文芸評論家・清水良典さん

清水良典さん

 予想外の世界が展開した「海辺のカフカ」「1Q84」などの近作に比べると、オーソドックスでスタンダードな書きぶりに回帰した印象だ。たとえば、本作で主人公が妻から別れを切り出されて一人暮らしをするシーンは「ねじまき鳥クロニクル」に似ているし、「免色」という人物は「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を容易に想像させる。従来の村上作品をずっと読んできた読者にはなじみやすいだろう。

 こうした表現を保守的とネガティブに受け止める読者もいるかもしれない。しかし、村上は今作で2つの非常に重く、チャレンジングなテーマに取り組んだ。テーマが大きいがために、あえてオーソドックスな書き方を取ったと考えられる。

 テーマの1つは同じ創作者である画家の制作プロセスを丁寧に描写することを通して、作家としての信念を表明したことだ。

村上春樹の新作「騎士団長殺し」

作中で主人公の画家は肖像画に見えない肖像画を描く。それは目には見えない真実の魂を描写するという著者の小説に対する態度と一致する。世界的な作家になった自身の立場を踏まえ、改めて自分が何を書く作家なのかを自己確認したのだと思う。

 もうひとつは父親との関係だ。著者は2009年のエルサレム賞受賞時のスピーチで、前年に亡くなった父親が徴兵され、中国での戦闘に参加したことを明かしている。著者が子供のころ父親は毎朝仏壇の前で敵味方の区別なく死んだ人々のため祈ったが、その周囲に潜んでいた死の気配は父親から引き継いだ大事なものだったという。

 著者にとって「父」は重要なテーマで、これまで何度も取り組んできたが、十分書き切れていなかった。それが今作では安らかな「父の死」まで描いていたのが印象的だ。

 世界を見渡せば、西洋、イスラム両社会の対立が深まり、世界が分断と反目に向かう流れが続いている。人間の魂に深く根づいている邪悪な感情や憎しみを我々はどう乗り越えていくか。著者は従来もそうしたテーマにこだわってきたが、今作では人の憎しみや心の傷を正面から書くことで、自身の立ち位置を明確にした。

 最後に気が早いかもしれないが、「ねじまき鳥クロニクル」「1Q84」も最初の2冊が出た翌年に「第3部」が刊行された。今作は物語としては完結しているものの、回収し切っていない伏線も残る。続きがあるのではないかと期待してしまうのはきっと私だけではないだろう。

■過去の総括 物足りぬ「今」 翻訳家・鴻巣友季子さん

鴻巣友季子さん

 村上作品としてこの十数年で最も面白いものだと思う。一人称の文体に回帰し、自己批評やユーモアも戻ってきた。村上春樹は米国文化の影響を強く受けた作家だが、本作は「米国風」ではなく「欧州風」。「肖像画」というモチーフもそうだし、作中人物はビールよりもワインを飲んでいる。

 ただ「異世界につながる穴」や「(夢の中で行われる)実体のない性交」など、過去の作品で出てきた多くのモチーフが現れ、作家が自らの過去の仕事を総括したような感が強い。特に「ねじまき鳥クロニクル」を語り直したような小説という印象を持つ読者は多いだろう。セルフパロディーは一つの小説技法であり、効果的にやれば面白いが、本作の場合は過去の「変奏」ともいえない単なる「反復」という感は否めない。

エンタメ!新着記事

ALL CHANNEL