ハナジロハナグマが屋根の上で暮らし始めた
日本からモンテベルデの家に戻ってきて、ひとつ大きく変わったことがある。この原稿を書いている寝室兼オフィスの天井から、頻繁に物音がするようになったのだ。
ガサゴソ、ドドドドドドド、ザザッ、ドスドス、ドスン!
留守中に大きなワトソンキノボリネズミたちが増えて、屋根裏を暴れ走り回っているのだろうと思っていたら、違っていた。
先日のお昼過ぎ、あまりにも大きな音が頭上で響くので、カメラを片手に外へ出た。シャワールームの横に立て掛けてあるハシゴを、静かに、でも急ぎ足で登る。ちなみにこのハシゴは、屋根の上で木々の枝葉などにいる昆虫たちを研究するためのもので、いつもここに立てかけてある。
ハシゴの上のほうからそ~っと体を伸ばして屋根の上を覗いてみると、そこには1頭のぽっちゃりとしたオスのピソちゃん(ハナジロハナグマ)がいた。隣のラボの建物の突き出た屋根(軒)とぼくの住む部屋の屋根の隙間から、身構えるようにこちらを見つめている。
コスタリカでハナグマは「ピソテ(Pizote)」と呼ばれるので、ぼくは「ピソちゃん」と呼んでいる。ピソちゃんがいる位置は、ぼくがパソコンの前に座って作業する場所のちょうど真上。先日から頭の上で響いていた物音は、ピソちゃんだったのだろう。よく見ると、ピソちゃんのいる周りには落ち葉が楕円形に「敷き詰められている」……なるほど、寝床に使っているのか!
ぼくがハシゴを登りきって屋根へ降りると、ピソちゃんは慌てたように屋根の端へ行ってしゃがみこみ、大便をボトボトと落とし始めた。そして用を足し終えるや否や、ラボの広い屋根の方(次の写真右方向)へ、スタタタタタ!と駆けていった。身軽にしてからの移動か?
ぼくは急いでハシゴを降り、ピソちゃんが向かったラボの正面の方へと走った。すると、ちょうどピソちゃんは屋根から土手へとジャ~ンプ! そのままスタスタとどこかへ駆け去っていった。
ピソちゃんがジャンプした場所は、屋根と土手との距離が短くなっている。どうやらここを通路にしているらしい。
でも、よく考えてみると、屋根の上へはどうやって登るのだろうか。屋根から土手へ飛び下りるのはわかるけど、比較的大きなピソちゃんが同じ場所から飛び上がるのはちょっと考えにくい。
まさかハシゴ? もしかしてもしかすると……怪しいので確認のためにシャワールーム横のハシゴの近くに定点センサーカメラを設置してみることにした。
翌朝、雨が降り始めてしばらくしたころ、また頭上から物音が聞こえてきた。ピソちゃんが戻ってきたのかもしれない。
ぼくはピソちゃんの寝床が見える土手から様子を伺ってみることにした。土手を登り、倒木の上を歩いてピソちゃんの寝床に目を向けると、いた!(上の写真)
雨宿りをしたり、寝床にしたり、このピソちゃんはどうやらこの屋根を自分の「住まい」にしているようだ。
その日の夜7時ごろ、今度はキュキュキュキュッ!!と喧嘩をしているような物凄い鳴き声とドタバタ音が頭上から聞こえてきた。いったい何が起こったのか? 外へ出て屋根を見上げると、ハシゴ辺りでウロウロとする少し小さくて、痩せた1匹のオスのピソちゃんがいた。慌てている様子だ。
この様子だと、あまり近づくと引っかかれたりされるかもしれないので、土手から屋根の上の様子を見ることにした。
屋根の上の「ねぐら」には、予想通り、住人であるぽっちゃりとしたピソちゃんがいた。もう1匹の痩せたピソちゃんは、仲間のニオイでも嗅ぎつけたのか、そこへとやって来て、寝床の取り合いになったのかもしれない。
痩せたピソちゃんは、その後すぐに屋根の上から森の土手の茂みの中へジャンプして、暗闇の中へと消えて行った。
翌日、仕掛けていた定点センサーカメラの動画データを確認してみると、ピソちゃんがハシゴを登っているではないか!! これには、思わず笑ってしまった。
今度はハシゴに定点センサーカメラを設置してみよう! オモシロ映像が撮れたら、今後の記事で紹介できたらと思う。
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学でチョウやガの生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2016年11月1日付の記事を再構成]
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