あっさり、こってり…!? ラーメン迷宮
立川吉笑
立川談笑一門でのまくら投げ、今週のお題は「ラーメン」。笑二から受け取ったまくらを、次の師匠へ無事に届けたい。
僕は京都出身で、20歳のころまで二条城のすぐそばに住んでいた。
物心ついたころから両親と通っていたラーメン屋は天下一品・二条駅前店。両親は「あっさり派」だったようで、僕もまねしてずっと「あっさり」を頼んでいたけど異変に気づいたのは中学生になったころ。お小遣いが少し増えた僕は、たまに部活の帰り、友達と外食をして帰るようになっていた。そのとき、友達全員が頼むのは「こってり」。僕だけが「あっさり」。どうやら天下一品のラーメンといえば「こってり」の方がスタンダードらしい。確かに他の客が注文する声に意識を傾けると8割くらいの人が「こってり」を頼んでいることに気がついた。親の影響で、僕は知らないうちに天下一品における少数派になってしまっていたようだ。
そんなこの世の仕組みに気付いた僕は、意を決して初めて「こってり」を注文してみた。しばらくして目の前にやってきた天下一品の「こってり」は、「あっさり」とは全く違う食べ物のようだった。作り方も何が入っているのかも見当すらつかないけど、一口食べるとまたすぐに一口食べたくなる天下一品の「こってり」は、衝撃的なうまさだった。それから僕は、天下一品に行けば必ず「こってり」を頼むようになった。
ある日、いつものように天下一品で「こってり」を注文し、漫画雑誌を読みながらラーメンができ上がるのを待っていたとき、後ろのテーブルに座った男性が妙なことを言った。
「ラーメン、こっさり、ネギ多めで」
ラーメン、こっさり、ネギ多め……。こっさり? え? 「こっさり」って何?
聞き間違えたような気がしたけど、店員さんも「こっさり、ネギ多めですね」と普通に繰り返したし、その席へ届けられたラーメンを見ると、僕の知ってる「こってり」でも「あっさり」でもない、何か別のラーメンのようだった。
「こっさり」って何だろう?という思いが頭の中を渦巻いて、その日の「こってり」は何にも味がしなかった。
数日後、天下一品のカウンター席に座っていた僕は注文を聞きにきた店員さんに勇気を振り絞って言ってみた。
「ラーメン、こ、こっさりでお願いします」
「こっさりですね、かしこまりました」
やっぱり「こっさり」というモノがあるらしい。メニューを見ても「こってり」と「あっさり」しか書いてないけど、裏メニューというやつなのか、「こっさり」も頼めるのだ。
届いた「こっさり」を食べて僕は「なるほど」と思った。「こっさり」とは、「あっさり」と「こってり」の間のスープだったのだ。「こってり」特有のドロッとしたあの感じと、「あっさり」特有のスッと入ってくるキレのいい醤油味とが混ざっているのが「こっさり」だったのだ。
「うん、これはこれでとてもおいしい」
今度から「こってり」にするか「こっさり」にするか悩むなぁと思いながら最後の一口までスープを飲んでいるとき、後ろのテーブルに座った男性が妙なことを言った。
「ラーメン、あってり、ネギ多めで」
ラーメン、あってり、ネギ多め……。あってり? え? 「あってり」って何?
数日後、僕の目の前には確かに「あってり」が置かれていた。一見「こっさり」のような気がするけど、「あってり」は「こっさり」とは少しだけ味が違った。
「こっさり」はスープを飲んだとき、最初に「こってり」特有の風味が感じられて、後味があっさりの風味になるのに対して、「あってり」は最初は「あっさり」みたいにさっぱりした感じがするけど、飲み終わってからだんだん「こってり」の風味が感じられるものだった。
なるほど、同じ「あっさり」と「こってり」のハーフでもその混ぜ具合によって「こっさり」と「あってり」に分かれるのか。
今度から「こってり」にするか「こっさり」にするか「あってり」にするか悩むなぁと思いながら最後の一口までスープを飲んでいるとき、後ろのテーブルに座った男性が妙なことを言った。
「ラーメン、あってさこっり、ネギ多めで」
ラーメン、あってさこっり、ネギ多め……。あってさこっり? え? 「あってさこっり」って何?
2日後、僕の目の前には確かに「あってさこっり」が置かれていた。一目みて、「あっさり」なのか「こってり」なのか区別がつかない不思議な色をしていた。というのも「あってさこっり」の表面はマーブル模様になっていて「あっさり」の透明感のあるスープと「こってり」のドロッと濁ったスープとが複雑に入り組んでいて、何とも形容しがたい見た目だった。
口に入れてみても「あっさり」らしさを感じたかと思えば「こってり」らしさも感じるし、そうこうしているうちに「こっさり」らしさがにじみ出てきたかと思ったらまた「あっさり」らしさが出てきて、でも直後に「あってり」な気がするし、と、何だかもうよくわからない味がしたのだった。
これは今度から頼むことはないなぁと思いながら最後の一口までスープを飲んでいるとき、後ろのテーブルに座った男性が妙なことを言った。
「チャーメン、こっさてありっさりこってさり、ネギ多めで」
チャーメン、こっさてありっさりこってさり、ネギ多め……。こっさてありっさりこってさり? え? 「こっさてありっさりこってさり」って何? というかこの人いま、「チャーメン」って言った? 「チャーメン」って何?
翌日、僕の目の前には確かに「こっさてありっさりこってさり」が置かれていた。「あってさこっり」よりももっとまだらに「こってり」と「あっさり」のスープが入り組んだ表面は熱帯雨林に生息する昆虫のそれで、もはや気持ちが悪かった。そんな複雑怪奇な見た目のスープの下に、縮れた麺とチャーハンが半々で入っている、それが「チャーメン、こっさてありっさりこってさり」だった。
よく1回聞いただけで「こっさてありっさりこってさり」って覚えられたな。俺って記憶力がいいのかなぁと思いながら申し訳程度にスープを何口か飲んでいるとき、後ろのテーブルに座った男性が妙なことを言った。
「ギョウメン、あってさこりってりっこさりてりっあってさりっこっりさり……」
足し算による細分化に興味がなくなった僕は、お会計を済ませて店を出た。
いつの間にか雨がやんでいて、遠くに虹が見えた。
(次回12月4日は立川談笑師匠の予定です)
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