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かわいい馬の道標をたどる旅「九州オルレ」 南蛮貿易で栄えた港町を歩く「南島原コース」をめぐる

2016/11/16

■潮風を感じながら、南蛮貿易で栄えた港町を歩く

最も新しいコースのひとつ、長崎県・島原半島の最南端、南島原市口之津町に2015年に設けられた「南島原コース」をめぐってみよう。テーマは「潮風を感じながら、南蛮貿易で栄えた港町を歩く」。

口之津港は450年前、南蛮船来航の地として栄え、キリスト教布教の拠点となり、長崎港に先んじて「西洋文化の窓口」となった港だ。コースは約10.5キロメートルで、島原湾に突き出た早崎半島を3~4時間かけてめぐる。「海と山、豊かな自然を楽しむことができる」(南島原市商工観光課)

スタート地点は1562年(永禄5年)開港の口之津港。出発前にフェリーターミナル近くの菓子店で、カステラでアンコを巻いた地元の銘菓「とら巻」を買い求めるのもいいだろう。廃止された口之津駅跡のバス車庫に立つ南蛮人像が目印だ。

オルレのシンボル「カンセ」のマスコット

穏やかな海を左手に見ながら口之津港緑地公園を進む。交差点を越えて左に曲がり、古い商店街に入る。しばらく歩を進めると、右手に高台が現れる。現在、玉峰寺が立つこの場所にはかつて教会があり、1579年(天正7年)に来日したイエズス会の巡察師ヴァリニャーノが日本での布教方針を決める宣教師会議を開いたことで知られる。

この会議を受けて翌年、口之津の北東、日野江城の城下町に聖職者を育成するための日本初のセミナリヨ(初等学校)が開設。ここで学んだ少年4人が1582年(天正10年)、キリシタン大名の名代としてローマに送られる。この「天正遣欧少年使節」を発案したのもヴァリニャーノだ。

ため池「野田堤」の奥に「烽火山」を望む

さらに歩を進めると未舗装の山道に入る。視界が開けると畑が広がり、その先には16世紀末に築かれたため池「野田堤」が。山の上にあるため、川やわき水はなく、雨水をためたものだという。ため池を右手に見ながら進み、標高約90メートルとコース最高所の「烽火(のろし)山」へと向かう。

663年(天智2年)、朝鮮半島での「白村江の戦い」で敗れた大和朝廷は、大陸からの侵攻を恐れ、城や土塁を築いて九州の守りを固めるとともに、敵の襲来をいち早く大宰府などに伝えるため、各地に「烽火台」を設けた。そのひとつが烽火山で、山頂には岩を積んでつくった「烽火釜」の跡が残る。

南島原コースでは田園風景と海を楽しむことができる

烽火山を下り、再び畑の中を進む。島原湾の海と対岸の天草下島を臨む絶景地には、かつて詩人、野口雨情が詩を詠んだ「野向の一本松」があったというが、いまは枯れてない。さらに下り、集落を抜けて海岸をめざす。

海岸沿いの道に出たら、海を右手に見ながら灯台へ向けて進む。瀬詰崎灯台が突き出すように立つ早崎瀬戸は有明海の入り口で、日本三大潮流の一つ。大潮には勇壮な渦潮が見られるという。沖合には約300頭のバンドウイルカが生息しており、観光船でイルカウオッチを楽しめる。

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