かわいい馬の道標をたどる旅「九州オルレ」
南蛮貿易で栄えた港町を歩く「南島原コース」をめぐる
新しい自然の楽しみ方「オルレ」。自然散策と史跡巡りなどを組み合わせた韓国・済州島生まれのトレッキング(山歩き)だ。地図とコンパスを使って指定されたコースの所要時間を競うオリエンテーリングや、山頂をめざす登山とは異なり、コース内の要所要所に配置された目印を頼りに、緩やかな山道や自然道を自分のペースでゆっくりと楽しむことができる。
◇ ◇ ◇
「オルレ」とは済州島の方言で「通りから家に通じる狭い路地」という意味。韓国のトレッキング愛好者の人気を集め、毎年約200万人が島を訪れるという。日本では、官民でつくる九州観光推進機構が、自然豊かな九州の魅力を国内外の観光客に再発見してもらおうと、2012年から「九州オルレ」の普及に取り組んでいる。
コースはいずれも十数キロメートルを4~5時間でめぐるもの。主に未舗装の自然道であること、途中でリタイアしても公共交通を利用できること、などなどの条件を満たす必要がある。済州島の社団法人「済州オルレ」からも認められたコースは、当初の4つから現在17コースに充実。訪問者はこれまでの累計で22万人に上るという。
コース内の要所には、「カンセ」と呼ばれる済州島の馬をモチーフにしたオブジェや、青と赤のリボン、木製の矢印や石などにペイントされた矢印などの標識が設置されている。これらの目印(画像は九州観光推進機構提供)に沿って歩くのがオルレの特徴だ。
潮風を感じながら、南蛮貿易で栄えた港町を歩く
最も新しいコースのひとつ、長崎県・島原半島の最南端、南島原市口之津町に2015年に設けられた「南島原コース」をめぐってみよう。テーマは「潮風を感じながら、南蛮貿易で栄えた港町を歩く」。
口之津港は450年前、南蛮船来航の地として栄え、キリスト教布教の拠点となり、長崎港に先んじて「西洋文化の窓口」となった港だ。コースは約10.5キロメートルで、島原湾に突き出た早崎半島を3~4時間かけてめぐる。「海と山、豊かな自然を楽しむことができる」(南島原市商工観光課)
スタート地点は1562年(永禄5年)開港の口之津港。出発前にフェリーターミナル近くの菓子店で、カステラでアンコを巻いた地元の銘菓「とら巻」を買い求めるのもいいだろう。廃止された口之津駅跡のバス車庫に立つ南蛮人像が目印だ。
穏やかな海を左手に見ながら口之津港緑地公園を進む。交差点を越えて左に曲がり、古い商店街に入る。しばらく歩を進めると、右手に高台が現れる。現在、玉峰寺が立つこの場所にはかつて教会があり、1579年(天正7年)に来日したイエズス会の巡察師ヴァリニャーノが日本での布教方針を決める宣教師会議を開いたことで知られる。
この会議を受けて翌年、口之津の北東、日野江城の城下町に聖職者を育成するための日本初のセミナリヨ(初等学校)が開設。ここで学んだ少年4人が1582年(天正10年)、キリシタン大名の名代としてローマに送られる。この「天正遣欧少年使節」を発案したのもヴァリニャーノだ。
さらに歩を進めると未舗装の山道に入る。視界が開けると畑が広がり、その先には16世紀末に築かれたため池「野田堤」が。山の上にあるため、川やわき水はなく、雨水をためたものだという。ため池を右手に見ながら進み、標高約90メートルとコース最高所の「烽火(のろし)山」へと向かう。
663年(天智2年)、朝鮮半島での「白村江の戦い」で敗れた大和朝廷は、大陸からの侵攻を恐れ、城や土塁を築いて九州の守りを固めるとともに、敵の襲来をいち早く大宰府などに伝えるため、各地に「烽火台」を設けた。そのひとつが烽火山で、山頂には岩を積んでつくった「烽火釜」の跡が残る。
烽火山を下り、再び畑の中を進む。島原湾の海と対岸の天草下島を臨む絶景地には、かつて詩人、野口雨情が詩を詠んだ「野向の一本松」があったというが、いまは枯れてない。さらに下り、集落を抜けて海岸をめざす。
海岸沿いの道に出たら、海を右手に見ながら灯台へ向けて進む。瀬詰崎灯台が突き出すように立つ早崎瀬戸は有明海の入り口で、日本三大潮流の一つ。大潮には勇壮な渦潮が見られるという。沖合には約300頭のバンドウイルカが生息しており、観光船でイルカウオッチを楽しめる。
さらに海岸沿いを東へ進むと、早崎漁港の道沿いに、南方系のクワ科の常緑高木「アコウ」の群落が現れる。20本ほどが群生していて、樹齢300年を超える巨木も。まるで東南アジアのような風景だ。
漁港をあとにして上り道を行く。2キロメートルほど歩いて再び海沿いに出ると、玄武岩の海岸だ。干潮時には磯を歩くことができる。海岸を覆う黒々とした岩石は「早崎玄武岩」と呼ばれる溶岩流が固まったもの。約430万年前、この辺りの海底火山の噴火から島原半島の形成が始まったという。早崎玄武岩はその最も古い痕跡だ。
さらに海岸を離れ、畑の中を進むと高台にある口之津灯台に到着する。高さ7メートルほどのレンガ造りの灯台は1880年(明治13年)に建てられた。当時、福岡県の三池炭坑で採掘された石炭は、遠浅の有明海を大型船が行き来することが難しかったことから、口之津港まで運ばれ、大型船に積み替えられて輸出されていた。130歳を超えて現役の灯台は当時の隆盛を静かに物語る。
ゴールは歴史的建造物でもある口之津歴史民俗資料館・海の資料館だ。歴史民俗資料館は1899年(明治32年)に長崎税関口之津支庁として建てられた洋風建物。南蛮貿易から現在に至るまでの口之津の歴史を紹介している。「ぜひ訪れてほしいと思い、ここをゴールに設定した」(南島原市商工観光課)という。
【東京から】羽田空港から長崎空港まで約2時間、長崎空港からバスで約2時間(諫早駅乗り換え、小浜経由)。【福岡から】博多駅から島原駅まで約2時間40分(特急利用、諫早駅乗り換え)、島原駅からバスで約1時間20分。いずれも乗り換え時間や待ち時間を含まず。
(コース画像は南島原市提供)
日本人客1位は「別府」、韓国人客は「武雄」
九州全県に計17コースある「九州オルレ」。いずれも個性的なコースぞろいだが、日本人客とオルレ発祥の地からの韓国人客とでは好みが異なるというから興味深い。
日本人 | 韓国人 | |
---|---|---|
1 | 別府 (大分県) | 武雄 (佐賀県) |
2 | 九重・やまなみ (大分県) | 九重・やまなみ (大分県) |
3 | 宗像・大島 (福岡県) | 唐津 (佐賀県) |
4 | 高千穂 (宮崎県) | 嬉野 (佐賀県) |
5 | 奥豊後 (大分県) | 別府 (大分県) |
日本人客の利用実績1位は大分県の「別府コース」(距離11キロメートル、所要時間3~4時間)。阿蘇くじゅう国立公園を含む自然豊かなコースで、鶴見岳や由布岳の絶景を楽しむことができる。
一方、韓国人客の利用実績1位は佐賀県の「武雄コース」(14.5キロメートル、4~5時間)で、高低差100メートルを超える山道や1300年の歴史を持つ武雄の温泉街をめぐる。コースの途中では、樹齢3000年の2本の大楠(おおくす)にも出合える。
「日本人客は年配の方が多いためか、緩やかで風光明媚(めいび)なコースが選ばれているようだ。一方、韓国人客は山がちなハードなコースを選ぶ傾向がある」(九州観光推進機構)という。
(平片均也)
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