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仕事は長期戦、頑張りすぎない働き者 村上敦子さん ソニー 執行役員(キャリアの扉)

2016/10/30

6月にソニーの執行役員コーポレートエグゼクティブに就任し「財務のプロ」として支える。信託銀行からソニーに転職したが辞め、新興証券会社の最高財務責任者(CFO)を務めてソニーに凱旋した異色の経歴だ。

むらかみ・あつこ 81年安田信託銀行入社。91年ソニー、00年マネックス証券、04年再びソニーに。58歳

上智大学を卒業後、信託銀行に入社。米国留学などを経て帰国後、ふと目にとまったのがソニーの求人広告。学生時代、雇用条件を男女で分けない企業は珍しかったことを思い出した。「女性も活躍できそう」。それが最初の入社の動機だ。

1991年に入社して財務畑を歩むなか、当時ゴールドマン・サックス証券にいた松本大氏と知り合ったのが転機になった。松本氏が99年にソニーとの合弁でマネックス証券を創業した際、「一緒に働こう」と声をかけられた。

当時はニューヨークに駐在中。悩んだが、インターネット取引の登場など、証券業界がめまぐるしく変化。そのうねりに身を投じてみたくなり、オファーを受けてCFOに就任した。

「この手元資金で何年会社が持つのか」。入社後にマネックス証券は東証マザーズ上場を果たしたが、ITバブルの崩壊による株式相場の低迷で収益環境が厳しく赤字が続いた。アナリストから厳しい声を浴びせられる日々だが「黒字化するまでは耐え抜く」と決意。システムのコストを一つ一つ見直すなどし、松本社長のそばで経営を担ったことで、企業全体をどう見るかを学んだ。これが大きな武器になる。

「業績がいかに社内の雰囲気を左右するか身にしみた」。投資家などとの対話を経営に橋渡しすることに腕を振るいたくなった。マネックス証券が、03年の第1四半期に経常黒字に転じたのを機に、より大きな舞台を求めソニーに戻った。「良い製品を世に出すために、裏方に徹してキャッシュフローを重要視する」

後輩女性の悩みにも耳を傾ける。「女性は若いうちに頑張りすぎてバーンアウト(燃え尽き症候群)しがち。でも大人になると、仕事は長期戦だからそれでは持たないと分かる」。あくまで自然体、流れに身を任せるタイプで「頑張りすぎないのがモットー」。ただ周囲の評判はやはり「働き者」だ。

(中藤玲)

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