元気の秘訣 骨回り鍛える
いきいきした第二の人生を送りたいが、腰や膝が痛いと外出がおっくうになってしまい、旅行や趣味、習い事からも遠ざかる。これではアクティブシニアと呼ばれる元気な老後生活は難しい。活力あるシニアライフを実現するためには、骨回りの筋肉を鍛えることが欠かせないという。医療現場などで支援する専門家に話を聞いた。
京都府に住む81歳の男性は「若い頃からゴルフを楽しんでいたが、最近は腰が痛くて足をしっかり上げられず、すり足気味。つまずいて骨でも折って寝たきりになるのが怖い」と家に引きこもりがちだ。高齢になると、動きにくさやケガを恐れるあまりに外出をしぶる人が多くなる。
「シニアの腰痛や膝痛、足首痛は、股関節から来るものが意外と多い」と石部基実クリニック(札幌市)の整形外科医師、石部基実氏(59)。股関節治療の専門家で、全国から足や腰の痛みを訴えるシニアがやってくる。
股関節は太もも付け根の関節で、上半身と下半身をつなぐ重要な部分。骨盤の両側にある臼状のくぼみに大腿骨の球状の先端がはまり込んでいる。それぞれの先端部の軟骨が潤滑油の役割を担う。
ところが、加齢などで軟骨がすり減ると骨同士が接触し腰や足に痛みが生じる。これが変形性股関節症と呼ばれる病気。石部氏は「遺伝的な要因も大きく、臼にあたる骨盤のくぼみが生まれつき浅い人はなりやすい」と話す。40~50代で痛みを感じることが多く「女性の7.5%が症状を抱えている」という。
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軟骨がいったんすり減ると、腰のマッサージや膝の電気治療での効果は薄い。痛みのもととなる股関節を治療する必要が出てくる。症状が進むと、チタン製の人工股関節に置き換える手術をする。兵庫県宝塚市でバレエを教える松平あゆみさん(51)は10年間痛みに悩んだ末に手術を受けた。今は一度は閉めた教室を再開できるほど元気だ。
以前は退院まで3カ月以上かかったものが現在は10日ほどで退院でき、手術時間もうまくいけば1時間かからないことから、高齢でも手術を受ける人は増えた。石部氏は年間600件を手掛ける。
とはいえ手術は大がかり。石部氏は「日常生活のなかでの予防が大事」と話す。まずは体重を減らすことだ。股関節には、歩く時に体重の3倍、階段の上り下りで同6倍の負荷がかかるからだ。
股関節そのものを鍛えるのは難しいが、周辺の筋肉を鍛えれば股関節を守って腰や膝の痛み防止につながる。股関節回りの筋肉を鍛える場合「シニアなら週3回、30分程度、正しい姿勢で歩くだけでも効果が期待できる」(石部氏)。背筋を伸ばし、かかとから地面に着地。足を上げる時は逆にかかとが先で、後からつま先を離す。
また、「元気な老後を迎えるためには、第12胸椎を鍛えること」というのは、整体クリニックSATO SPORTS(京都府木津川市)を開く佐藤義人氏(39)。佐藤氏は昨年のラグビーワールドカップ日本代表チームの専属トレーナーを務めた。
アクティブシニアに必要なのは「脊柱の正しいS字カーブを維持すること」と指摘。シニア層の腰痛患者が多く訪れ、1カ月待ちだという。
人間の脊柱は7つの頸椎(けいつい、首の骨)、12の胸椎、5つの腰椎でできている。中でも重要なのが第12胸椎で、体をねじる運動を支えている。屈伸運動を支える第1腰椎にも接している。
骨粗しょう症になると、くしゃみなどで背中を曲げたりひねったりしただけで第12胸椎が圧迫骨折することがある。圧迫骨折すると脊柱が変形し、ゆがんだ姿勢を維持しようと靱帯などに過剰な負担がかかる。これが肩こりや腰痛の原因になるのだという。
佐藤氏は「第12胸椎がうまく働けば腰がよく回るようになる。歩行や家事など日常生活が楽になるうえ、シニアでもゴルフの飛距離が驚くほど伸びる」と話す。痛めると腰が回らず、無理に回そうとして腰痛になることも多い。
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佐藤氏は患者に第12胸椎回りの筋肉を鍛える簡単な体操を勧める。ウルトラマンの飛行姿勢のように腹ばいで両手を伸ばし、耳の後ろまで上げて5秒間止めるのを5回繰り返す。1日5セットだけで効果が感じられるという。筆者が実際にやると、伸ばした両手がなかなか耳の上まで上がらず、すぐに汗が出てきた。
オフィスや自宅でパソコンに向かう時間が増えると、知らず知らず前かがみになり、脊柱の正しいS字カーブが維持できなくなりがち。第12胸椎周辺を鍛えれば正しい姿勢を維持しやすくなるという。
日本アクティブシニア協会(東京・千代田)は、65~75歳までをゴールドエイジと呼び、人生で最も有意義な時間と位置づけている。総務省の予測データによると、2030年には65歳以上の高齢者の8割が介護不要、自立した生活を送るアクティブシニアになっているという。高齢者の意識が変わり、自ら運動や食生活に気をつける人が増えることが前提の試算だ。
正しい姿勢で歩いたり、自宅で簡単な運動をしたり、できることから始めれば腰や膝の痛み予防につながり、アクティブシニアへの道が開ける。今日からやってみる価値はありそうだ。
(編集委員 鈴木亮)
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