失語症は症状にもよるが、リハビリである程度回復が見込まれる。国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)の主任言語聴覚士、大畠明子さんは「病状が落ち着いたらできるだけ早く言語訓練を。差はあるが発症後3カ月までは効果が上がりやすい」と話す。さらに「発症後1、2年は回復が見られる場合もある」と目白大学の立石雅子教授。
ただ、医療機関でのリハビリは発症後180日が基本で「実際にはそれ以前の90日ほどで退院を迫られることが多い」とNPO法人日本失語症協議会(東京・杉並)事務局長の園田尚美さん。家に戻っても、思うように意思疎通できなければ引きこもりがちになる。
園田さん自身、失語症の夫を介護し始めたとき「夫の言いたいことやしたいことが分からないうえ、私の言うことも理解してもらえず大変だった」という。そんな経験から2年前、日帰りの失語症専門リハビリ施設「言語生活サポートセンター」(東京・杉並)を開設。退院後の本人や家族の悩みにも応える。
手ぶりも交えて
言語訓練は病院でしかできないと思っている人が多いが「日常生活での会話は効果的なリハビリになる」と大畠さん。専門家も普段のコミュニケーションの重要性を説く。
一番のポイントは、ゆっくりと短い言葉で、時には身ぶり手ぶりも交えて伝えること。相手が言おうとすることを焦らず待つ姿勢も大事だ。幼児に諭すように何度も繰り返すのは避ける。記憶や思考能力は発症前と変わらないため、ストレスになりかねない。
最近は、リハビリや意思疎通の手助けになるITサービスが登場している。持ち運びやすいスマートフォン(スマホ)やタブレット端末で利用できる。
「病院の外に初めて出た時は何も読めず怖かった。アプリがあれば1人で出かけられる」と話すのは東京都に住む大野京子さん(63)。3年前に脳出血で倒れ、重い失語症となった。
大野さんが使うのは、文字を読み上げてくれるアプリ「指伝話」。読んで理解できないメールも、音声で聞くと分かる。送信の際はスマホの音声認識機能で話した言葉を文章変換。「絵文字入りメールもできるようになり、友人に驚かれた」と楽しげだ。
訓練用ソフトも
患者会「品川失語症友の会」(東京・品川)は毎月の定例会でスピーチの時間を設けている。「妹の作るビーフカレーが大好きです」。タブレット端末「iPad」の指伝話が読み上げるのは71歳の男性の文章。「きちんと話せていないのでは、と緊張することなく発表できた」と満足げ。
指伝話を開発したオフィス結アジア(神奈川県藤沢市)は読み上げ機能に続き、失語症の人の訓練用の絵カードアプリ「指伝話メモリ」、服薬時間などを知らせてくれるアプリ「指伝話ぽっぽ」も開発している。
ソフト開発のアニモ(横浜市)は、医療機関向けの失語症リハビリソフト「花鼓」を在宅用にも販売し始めた。文章を聞き取って発音する際、話し言葉特有の抑揚を聞き取りやすく表現するのが特徴。「家で使いたいとの声が多く、500本ほど売れた」(同社)
シマダ製作所(群馬県富岡市)が開発した、在宅向け言語訓練ソフト「言語くん」は半身マヒの人が片手でも操作できる。最新版は日常生活でよく使う物や事を描いた2000枚の絵カードや歌入り。
ソフト使用料は数千円程度から。中には障害者の日常生活用具として公費補助対象のものもあり、障害者手帳で言語障害が認められていれば使える。自治体の障害福祉課などに問い合わせるとよい。
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発症、20~50代が6割
失語症では話す、書く、聞く、読むなどがうまくできなくなる。脳卒中や事故のケガなどで起きる。発症年齢は働き盛りの20~50代が6割以上。国内の患者数は50万人以上ともいわれる。
重症度は、損傷した脳内の場所や初期治療までの時間などで異なる。言葉だけでなく、手足のマヒを併発する場合も多く、症状に合わせたリハビリが必要だ。考えている内容とは別の言葉を発する症状も出やすく、意思が伝わらないだけでなく、思ってもいないことを言い、誤解されることもある。
(小柳優太)
[日本経済新聞夕刊2016年7月7日付]