印刷コストが半額の複合機 ヘビーユーザーに恩恵
戸田覚のデジモノ深掘りレポート
もう30年以上もこの業界の動向を見ているのだが、発売当初のプリンターは高価で、おいそれとは手が出せなかった。その後、手ごろな価格でカラー印刷ができるインクジェットプリンターが登場し、一気に画質競争が過熱。プリンターは一般家庭にも広がった。
その後も画質や機能は向上しているが、プリンターの売れ行きは2011~2012年をピークに下がっている。ミシンやエアコンと同様に、機能・性能だけでは新製品が売れない時代に突入したのだ。今となっては、低価格のプリンターでも十分な画質で印刷できる。画質重視でプリンターを選ぶのは、写真に相当なこだわりのある人だろう。
そんな状況で、ブラザーが新しいモデル「PRIVIO DCP-J983N」を発表した。最大の特徴は印刷コストの低減で、従来のプリンターに比べて約半分になるという。
今回は、コストという新たな土俵で勝負を仕掛けてきたブラザーの狙いから、DCP-J983Nの特徴を見ていこう。
メーカーの収益を支えるのは大量印刷ユーザー
DCP-J983Nは、印刷コストを抑えたことをウリにしたプリンターだが、それが魅力と感じる人がいないと意味がない。そこで気になるのが、ユーザーの印刷枚数の動向だ。
ブラザー販売マーケティング推進部商品企画Gマネージャーの柳原隆男氏によると「本体の売れ行きがピークを過ぎた2011年ごろから、家庭での印刷枚数も減ってきている。年賀状の発送枚数が徐々に減っていることも原因の1つだろう。月間の印刷枚数が50枚以下のユーザーが8割を占めている」とのこと。年賀状や暑中見舞いが中心ならば、印刷枚数の月平均が50枚以下というユーザーが多いのもうなずける。
一方、年間印刷枚数を軸にデータを分析してみると別の結果も見えてくる。年間50~1000枚のユーザー、1000枚以上のユーザーがともに総印刷枚数の4割を印刷しており、50枚以下のユーザーは2割にしかならないのだ。
ここで考えるべきは、メーカーの収益構造だ。プリンターの場合、本体よりもむしろインクから得ている収益のほうが高い。「その割合は昔ほどではない」(柳原氏)とは言うものの、今でもその傾向はある。つまり、インクをガンガン使ってくれる層に売れる製品こそが、メーカーの収益に貢献するのだ。
印刷コスト低減の決め手はインクカートリッジ
プリンターを選ぶ際のポイントはいくつかあるが、主だったところは、製品自体の価格、印刷コスト、画質、無線LAN搭載だという。
これまでも印刷コストの低さは製品の特徴としてアピールされてきたが、それがメーンではなかった。あくまでも特徴の1つだった。ところが、DCP-J983Nは最大の特徴として印刷コストを打ち出している。カタログ値では、1枚あたりの印刷コストがA4カラーで約4.6円、モノクロは約1円と非常に安い。
印刷コストを下げるために最も効果的なのは、1つのインクカートリッジで印刷できる枚数を増やすことだ。それにはカートリッジの容量を増やせばいい。また、カートリッジの容量を増やすことで同時にさまざまな製造コストも下げられる。結果、1枚あたりの印刷コストが下がるわけだ。
ただし、それにはいくつかの問題がある。
「本体サイズが一番の問題です。インクカートリッジを大きくするのは簡単ですが、家庭用のプリンターは本体が大きいと売れません。そこで、DCP-J983Nではカートリッジを大きくしつつ、本体は従来モデルよりもほんの少し出っ張りがある程度に抑えました」(柳原氏)
さらに、インクカートリッジそのものの価格が高いと不評を買う。そこでPRIVIO DCP-J983Nでは、従来品とあまり変わらない価格のインクカートリッジで、より多く印刷できるように工夫している。A4カラー文書なら約1230枚、L版フチなし写真印刷なら約400枚を印刷できるという。
印刷枚数が月間50枚なら買うべきではない
たとえ印刷枚数は少なくても、印刷コストが安いに越したことはない。月間50枚、年間で約600枚を印刷するとしても、5年使えば3000枚になるのだ。
だからといって、印刷コストの低さが特徴のDCP-J983Nを月間50枚程度しか印刷しないユーザーにはおすすめできない。というのも、本体価格は3万4800円(予想価格)と高いからだ。
例えば印刷コスト以外ほぼ同等のスペックの「DCP-J963N」は、8月26日時点の実売価格がアマゾンで約1万円だ。つまり、印刷枚数が月間50枚程度の場合、本体価格まで含めて考えると、現時点ではDCP-J963Nのほうが安上がりなのだ。
プリンターは値下がりが激しい製品なので、遠くないタイミングでDCP-J983Nも2万円を切ってくるだろう。だから、その時点で本体まで含めたコストを考えて決めたほうがいい。また、月間1000枚以上印刷するユーザーは、DCP-J983Nではなく、ページプリンターを買うのも手だ。
DCP-J983Nには、1年間のメーカー保証に加え、その後2年間で1度だけ無償修理サービス受けられる。そうそう壊れる製品ではないだけに実質的には3年間の保証がつくといえるが、そう考えると、ある程度ヘビーに印刷するユーザー向けだ。
ブラザーは、プリンターメーカーの中でも独自の戦略をとってきた。印刷画質でライバルに差をつけるような製品開発をせず、無線対応やFAX機能などを軸にコストパフォーマンスで勝負してきたメーカーだ。だからこそ、こんな製品を仕掛けられたたのだろう。
メーカーとしては高いインクで大量に印刷してもらうのがありがたいが、ユーザー本位の製品でなければライバルには勝てない。ライバルと比較してどちらが売れていくのか、今後の展開をチェックしていきたい。
1963年生まれのビジネス書作家。著書は120冊以上に上る。パソコンなどのデジタル製品にも造詣が深く、多数の連載記事も持つ。ユーザー視点の辛口評価が好評。
[日経トレンディネット 2016年8月4日付の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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