怪談家、稲川淳二さん 凍る話に心ぬくもる

怪談は日本人の感性に訴えかける懐かしい存在

タレントの稲川淳二さん(68)の怪談ライブ「稲川淳二の怪談ナイト」の全国ツアーが今年も開催中だ。聞いた人が寒けを催すような気味の悪い様々な話を、細かな情景描写に擬音を巧みに織り交ぜてたたみかけるように語る独特の話術。ツアー開始から24年。いまや夏の風物詩としてファンに定着している。

稲川淳二さん(写真、井上昭義) 

「怪談を商売にする気はなかったんです。もともと怪談は好きで話を集めていた。それをタレントの仲間内で披露していたら結構、評判が良く、聞きつけた深夜のラジオ番組のプロデューサーから『番組で怪談をやってみたら』と勧められて。予想以上に反響がありました。しかし、怪談はあくまで余技。その頃はいまのようなライブでやるとは思ってもみませんでした」

「ツアーを10年やって、これならやっていけると手応えを感じ、テレビの仕事からは身を引きました。テレビがいやでやめたのではありません。芸能人の長者番付にも載るなど、いい思いもさせてもらいました。でもファンレターが1通も来ないんですよ。番組づくりにも疑問を持ち始めたこともあり、『怪談家』としてやっていくことにしました」

いながわ・じゅんじ 1947年東京生まれ。工業デザイナーとして活動する傍らタレント・俳優として活躍。「リアクション芸人」として人気を集める。55歳になったのを機にテレビからライブへ活動の軸足を移す。93年に「稲川淳二の怪談ナイト」を開始。がんを体験したことや、亡き次男が重度障害者だったことから、医療・福祉関連の講演にも取り組んでいる。

「怪談というと、古くさいイメージを持っている人がいますよね。四谷怪談とか、ローソク1本でやってるんじゃないかとか。思い込みです。私のライブは基本的に現代に題材を取った気味の悪い話ですし、会場も1500人規模。舞台には大型のセットを組みます。怖い話を聞きたいと、年齢に関係なく人が集まってくる。追っかけやグループ客も多い。いまファンレターは月に20~30通はきます」

同じ空間を共有する喜び。怪談は人と人との距離を縮める、と言う。

「ホラーと怪談は違うんです。ホラーは襲ってくる恐怖、怪談は状況の怖さ。怪談はジェットコースターのようなものです。ゆっくりと上昇して、一気に急降下する。皆がキャーと叫ぶ。怖いのに最後は安心する。同じ運命をたどることで連帯感が生まれる。毎年、ツアーに来てくれる40代の男性がいます。生まれてまもなく両親を亡くしました。ライブ会場で見知った顔を見ると、ふるさとに帰った気持ちになるそうです。私に『今年も田舎(ライブ会場)に帰り、お父さん(稲川さん)に会います』と言ってくれます」

「心霊現象などは直感でわかるかもしれないが、怪談はイメージできるかどうか。少し前なら誰もが知っていた言葉、例えば納戸と言っても若い人はわからない。でも、怪談の中にある優しさや懐かしさ、人間の情などは理解できるのではないですか。日本人が持っている感性に訴えかけると思います」

怪談を聞きたい人がいれば、どこにでも飛んでいく

幼いころ、母親から怪談を聞かされたことが原点という。

「母親は東京の下町出身で、話し上手。夜、弟と寝床にいるとやってきて、話を始めるんです。『小学生の男の子が日に日にやせていくんだよ』なんてね。そのうち男の子の足音が聞こえてくるんです。怖くてね。何遍も聞いているうちに、怪談が好きになりました。私の話は『カンカンカンと階段を駆け上がり』などと擬音をよく使うのですが、母親の語り口を真似(まね)ていますね」

「怪談では細かな台本はつくりません。頭の中で絵を追っていくように話します。例えば、げた履きで5メートル歩くといった“映像”を思い浮かべ、言葉で描写します。怪談は考古学のようなものです。拾い集めた破片をつなぎ合わせることで元の壺(つぼ)を復元するように、日本中回って話の破片を集め、つなぎ合わせる。推理を働かせ、ひとつの話にまとめあげていく。ツアー中に同じ話をするうちに気づかなかった映像を“発見”し、話がより説得力を増すことがあります」

4年前に前立腺がんの手術を受けた。手術したその夜も、ナースステーションに看護師らを集め、怪談をやった。

「ライブ以外でも、求めがあればやることにしてます。ある時、字が曲がりくねっている手紙が届きました。三重県鈴鹿市の病院からです。調べてみると、手紙の主は筋ジストロフィーの患者さんです。迷うことなく病院に向かいました。東日本大震災の時は被災地で怪談をやりました。岩手県久慈市の会場でしたが、『怪談が来てくれ、夏を迎えられる』と言われ、感激しました」

「『弟子はとらないのですか』と聞かれますが、その気はありません。落語や講談とは違いますから。私の怪談を聞いた人が『こんな怖い話があるんだ』と伝えてくれれば嬉(うれ)しい。ライブはあと15年やるつもりで、これからも新しい話をつくっていきますが、私が死んだ後も話が残ってくれればいいので、誰がつくったのかは関係ない」

「怪談を語り続けることで、自分は優しい人間になれたかなとも感じます。怪談は表通りにある一流の菓子店ではありません。横町の路地に入った小さな駄菓子屋のようなもの。トップランナーではないが、なんとなく忘れられない。そんな存在でありたいですね」

ツアー通算48万人が「ぞっ」 一人舞台、夏の風物詩

24年目を迎えた「稲川淳二の怪談ナイト」(7月23日、埼玉県三郷市)

暗闇に包まれた舞台。古びた民家をバックに、縁台に腰掛ける白い浴衣と黒のはんてん姿の男性。「待ってました」「座長」。客席からの掛け声に応じ、スポットライトで浮かび上がった稲川淳二さんが語り始める。

7月から10月まで全国で39公演をこなす「稲川淳二の怪談ナイト」。怪談と「心霊写真」を解説する約2時間の一人舞台だ。通算の公演回数は629公演(2016年ツアーを含む)、観客動員数は約48万人、公演で語られた怪談は426話に達する。

ツアーが終わると、ぞっとする話を求め日本各地を訪れ、茨城県の工房にこもりネタづくりに励む。携帯電話は持たず、パソコンも使わない。聞いた話はルーズリーフに書き留め、再構成して怪談として紡ぎ上げる。

第1回の公演がスタートした8月13日は、日本記念日協会から「怪談の日」に認定されている。「来年できれば四半世紀。今年のライブは25年に向けてのステップにしたい」と意気込む。

(シニア・エディター 大橋正也)

[日本経済新聞夕刊2016年8月20日付]

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