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ヤマト運輸の故小倉昌男氏が規制に挑んで宅配便を生み出してから今年で40周年を迎えた。みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)から宅配便業界に転じたヤマトホールディングス(HD)の木川真会長は、独占禁止法違反で日本郵政公社(現日本郵政)と法廷で争った「小倉イズム」の継承者だ。宅配便の海外展開にも心血を注ぐ。変革を続けられる秘訣を聞いた。

 ――堅いイメージのある銀行からサービス業に転じて戸惑いはありませんでしたか。

「金融はがんじがらめの規制にどっぷり漬かってきた。自由な事業会社の解放感に新鮮さを感じた。消費者として宅配便を利用していたヤマトのイメージと、中に入った後のギャップはなかった。別世界に来て苦労したという意識はない。さすがに物流の仕組みや仕事のやり方は一生懸命勉強したが、全く別のところに来てまいったというのはなかった」

ヤマトホールディングス会長 木川真氏

ヤマトホールディングス会長 木川真氏

「何が新鮮かというとサービス開発において、考えながらいろいろな取り組みを実験できることだ。実際に運用を始め、走りながら修正できる。この自由度は金融の世界にはない。金融はサービスを開始するまでかなりの時間がかかって、結局マイルドにさせられる。運輸には信書や医療関連で規制が残るが、基本的に金融と比べたら自由だ」

 ――「小倉イズム」をどのようにして継承し、経営のかじ取りをしたのですか。

「私は小倉さんのような事業イノベーターの役割は果たせない。小倉さんが宅配便を生み出したから今のヤマトがある。我々にとってのカリスマだ。小倉さんがつくった物流のインフラを、我々が強くなかった企業物流や国際物流に使ってもらう成長戦略を描いた。従来の人材育成やIT(情報技術)の仕組みでは足りなかったので、そこに注力した。私がやったのは構造改革で、業態転換をやったつもりはない。宅配便のフィールドを広げるというイノベーションに取り組んだ」

 ――宅配便は個人間取引(CtoC)に端を発しますが、企業物流を強化する方針に社内から抵抗はありませんでしたか。

「(宅配便を企業物流や国際物流に広げる)バリュー・ネットワーキング構想の基幹拠点となる『羽田クロノゲート』を2013年に稼働した。新しい経営戦略を社員と顧客に分かりやすく伝えるのが大事だ。過去にない大規模な投資を短期間でやりながら経営の舵(かじ)を切っていくときに、これを社員に受け入れてもらい、顧客に評価してもらう必要がある。戦略を描くことよりも、狙いを理解してもらう情報発信が重要だ」

「説明はキーワードを大事にする。約20万人の社員がおり、伝言ゲームになってしまうので長々と説明してはだめだ。考えがうまく伝わるように分かりやすい言葉に置き換えるのが重要だ。バリュー・ネットワーキングでは『場所に届けるのではなく、人に届ける』というキャッチコピーをつけた。企業物流がスピードアップすると、消費者が欲しいときに荷物を受け取れるようになる。僕は『宅配から個配』というのを提案したが、ださいと言われた(笑)」

 ――キーワードは自分で考えるのですか。

「07年にヤマト運輸社長に就任したときに、4年間はやらしてもらおうと思った。1年ごとに自分でキャッチフレーズをつけた。チェンジ(変化)から始まって、チャレンジ(挑戦)、アドバンス(前進)、アチーブ(達成)。1年目で今までのやり方を見直し、2年目で挑戦を試みた。それまではよかったがリーマン・ショックが起き、歴代の社長で初めて前年割れを起こした。3年目は予定通りだとアドバンスだったが、そういうわけにはいかないのでチャンスにした。ピンチはむしろ好機だと。そして最後の年をアドバンスにした」

 ――大企業になっても社員に「小倉イズム」は浸透していますか。

「小倉さんは素晴らしいネットワークと社会に貢献するという企業風土をつくりあげた。それを否定するものではあってはいけない。だが、表面的には企業物流に軸足を移すように見せなければいけない。そこのギャップを誤解なく埋めることに、非常に神経をつかった。時代の要請に合わせて企業物流と海外展開に力を注ぐという大きな戦略図を見せながら、その一方でやったのがヤマトの良さを残す『プロジェクトG』だ」

「プロジェクトGは地方創生のために自治体と連携する取り組みだ。少子高齢化や地域の衰退に対して、宅配便のインフラを提供して課題の解決を目指している。ここまで大きな企業に育ててもらった恩返しの意味も込めて、社会貢献の一環としてやっている」

「代表的なのが高齢者の見守りだ。ヤマトは4000カ所の拠点に6万人のドライバーがいる。宅配便を運びながら、高齢者に対して声かけができる。自治体がやりたいと思っていても財政事情が厳しくてできないものを、民間企業としてやれるものがあればやる。それがインフラ企業としての社会的責任の果たし方だ」

「企業物流や国際物流だけでなく、既存の宅配便に新しい価値を生み出していく。大多数の社員には引き続き宅配便の仕事をきちんとして、お客様に喜んでもらわないといけない。小倉さんがつくってきたDNAがいつの間にか矮小(わいしょう)化されてしまうと社員のモチベーションがもたない。成長戦略だけに日の目をあてないで、宅配便の強みを生かす取り組みがプロジェクトGだ。社員のモチベーションは絶対に落としてはならない」

木川真氏(きがわ・まこと)
1973年一橋大商卒、富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。2004年みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)常務。2005年ヤマト運輸入社。07年社長。11年ヤマトホールディングス社長、15年から現職。広島県出身。

(村松洋兵 代慶達也)

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