平田オリザ「子どものために、親自身も人生を楽しむ」

日経DUAL

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前編「母親が何かを犠牲にする社会はおかしい」に引き続き、劇作家・演出家で、最近「下り坂をそろそろと下る(講談社刊)」を出版した平田オリザさんへのインタビューの後編です。「これからの時代に大事なのは問題発見能力」「女性が結婚や出産によって、それまで享受していた権利を放棄しなければいけないような社会は、もう無理」――平田さんが描く、教育や子育て、そして地方都市の未来。そして、日本社会が目指すべき道とは。

1962年東京都生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」を結成。戯曲と演出を担当。現在、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター客員教授。戯曲の代表作に「東京ノート」「その河をこえて、五月」など。(写真:品田裕美)

「問題解決能力」よりも、これからの時代は「問題発見能力」

―― 平田さんは四国学院大学や大阪大学大学院で、入試改革を手掛けています。グループワークを取り入れるなど、特色のある試験内容ですが、その狙いは。

これまではずっと「問題解決能力」が大事だといわれていましたが、僕はこれからの時代、「問題発見能力」のほうが大事だと思っています。「問題発見能力」とは、私達を苦しめているものは何か、不幸にしているのは何かを直視し、問題の本質に迫る能力。その力を見極め、養う教育を目指しています。

そのような力を育てつつ、社会としては、価値観を一つにする方向ではなく、価値観がバラバラなままでうまく共存できるようにしていく必要があります。日本人同士でも価値観が多様化していますし、今後、より多くの外国の方を日本に受け入れたり、逆に日本人が海外で働いたりすることも増えるでしょう。

―― そういった力を伸ばすために、子どもが小さいうちから親ができることは何ですか。

3つあります。1つは、学校教育の中で、アクティブ・ラーニングと呼ばれる参加型、双方向型の授業を増やすことです。公立でもこういう教育に力を入れている学校はあるので、親としてはそういう学校をうまく選ぶといいでしょう。

2つ目には、子どもに本物の芸術体験をさせることです。スポーツでも構いません。ただ鑑賞するだけでなく、創作活動やワークショップなど、集団で何かを成し遂げる体験をたくさんさせるといいですね。親以外の大人と接触する良い機会にもなります。

もう1つ、僕がよく申し上げているのは、親自身が、ちゃんと人生を楽しむということです。親がコンサートや美術館に行く家庭でないと、子どもが勝手に行くことはありません。それに、親が子どもの教育だけに集中するのは、とても危険な状態。仕事や趣味を通して社交的に活動し、親が、子育て以外の社会を持つことが大切です。

演劇教育で、子ども達のコミュニケーション能力を養う

――  平田さんは、演劇を使ったコミュニケーション教育を小中学生向けにやられています。演劇を通して子ども達はどんなことを学びますか。

演劇というのは、もともと「なんとかごっこ」です。子どもは、ごっこ遊びの中でいろんな役割を演じることで、社会性やコミュニケーション能力を身に付けていきます。だから、それを学校教育に取り入れていこうというのが、演劇教育の基本的な考えです。

例えば、文章の中に空欄があって、「ここで何と言う?」というのを考えて、実際に動きをつけてやってみようとか。日韓併合の歴史を学んで、日本と韓国両方の立場で劇を創りましょう、とか。演劇教育はこのような参加型の、いわゆる「アクティブ・ラーニング」の形をとります。

近年は文科省も、演劇が、色々な役割分担ができる点、合意形成能力や自尊感情を育てる点に注目していて、少しずつ学校教育に演劇が取り入れられるようになりました。他の先進国では、高校の選択科目で、音楽、美術と並んで必ず演劇があるので、日本でもそうなったらいいと思います。

―― 「コミュニケーション能力」や、「アクティブ・ラーニング」は今後も教育の中で重視される傾向にありますか。

2020年の大学入試改革が一つの大きなきっかけとなり、これからは、そういった授業をやらざるを得なくなると思います。特に、集団ディスカッションを入試に課す大学はこれから増えるでしょう。すると、初めて会った人といきなり議論しなければならないわけですから、普段そうした機会が少ない地方の子ほど、集団コミュニケーションの力を養っておく必要があります。

―― 今の子ども達のコミュニケーション能力について、どう思われますか。

(写真:品田裕美)

今の子どものコミュニケーション能力はそれほど悪くないと思います。ただ、グローバル化により、子どもに要求されるコミュニケーション能力のレベルが高くなっていて。それと反対に、子どもが育つ環境は、コミュニケーション能力が必要ない方向に行っています。一人っ子で、優しいお母さんで。お菓子は駄菓子屋じゃなくてコンビニで買える。駄菓子屋って、店主とのやり取りがものをいうので、コミュニケーション能力の高い子が得するシステムだったんですよね。

また、コミュニケーション能力に優れている子もいる一方で、苦手な子の発見が遅れることが心配です。偏差値の高い子ほど、その場はしのげるので、そのまま大人になってしまう。そして20歳過ぎてから「女の子と普通に会話ができない」みたいなことになりがちです。ディベートはできてもデートに誘えないとか。誘うより前にディベートしてしまうとか。

スキー人口減少と若者減少は、どちらが先に起こった?

―― グローバル化の流れで、子どもに海外留学させることは必要でしょうか。

特に地方の場合、東京との環境格差を埋めるために海外に行かせるのは、妥当性があると思います。例えば、兵庫県豊岡市は、東京水準ではなく最初から世界水準を目指すという方針を打ち出しています。高校生のうちに、短期でもいいから海外に行かせて、「海外ってこんな感じだよ」という経験させるためならいいと思います。

―― 平田さんは、著書『下り坂をそろそろと下る』の中で、「スキー人口が減ったから若者が減った」という考察をしています。

統計学者であれば「若者が減ったから、スキー人口が減った」と考えますが、劇作家である私は、「スキー人口が減ったから、若者人口が減った」と考えるんです。スキーは合法的に女性を一泊旅行に誘える最も健全な手段でしたから。半ば冗談みたいな話ですが、今、特に地方には出会いの場が足りないんですよね。昔はジャズ喫茶や古書店といった場がありましたが、現代の大規模ショッピングセンターでは、恋は育たない。

―― お見合いパーティーを行う地方自治体もあります。

行政がやる場合、いかにセンス良くできるかが肝だと思います。女性だけのチームを作って企画するのがいいんじゃないでしょうか。子育て支援や人口減少対策の話なのに、男性だけでやるから、女性の視点からズレたものになる。女性に選ばれない自治体は、この先滅びます。

そして長期的には、街全体でセンスを良くして、リベラルでオープンマインドな街を目指していかなければいけないと思います。地方が生き残るためには、今から20年先を見据えて、センスや多様性理解といった「文化資本」を育てる教育をやっていくことが大切です。

―― 平田さんが主宰する青年団は、子だくさんの劇団だそうですね。

今、子どもが40人もいて、小劇場を拠点に活動する劇団では圧倒的に多いです。僕は1990年代後半に、「女性が出産しても女優活動を続けられる集団にする」と宣言したんです。そして、子育て中の団員は男女限らず、舞台の仕込みや片付けを免除するなどのルールを作りました。当時は、若い男性などから、「それは不平等じゃないか」という声が挙がったのですが、僕は、「このほうが有能な女性が入ってくるし残ってくれるから、全体のためになる。多分、世の中こうなっていくよ」という話をしました。

今はほとんどの女性が出産しても役者を続けています。旅公演に子どもを連れてくる劇団員もいて、僕も含めてみんなで面倒を見ています。その負担は実はたいしたことはなくて、気持ちの問題ですね。もちろん、できるだけ公的な保育所、一時預かりなどを使いますが、最後のセーフティーネットとして、コミュニティーがあるっていうのは強い。劇団員は特につながりが強いので、子育ての情報交換をしたり、ベビーカーを使い回したりしています。

たくさん生まれるようになった背景には、「周りが産むと、皆が産みやすい」というのもあるんです。先日、ある政治家に聞いた話では、中小企業でも、すごく産む企業と全然産まない企業があるんだそうです。周りが産み始めると、産むのが当たり前になり、それを前提にして会社の仕組みができていくので、より産みやすくなるんです。だから、企業やコミュニティー単位での局所的な努力も大事だなと思います。

女性が結婚や出産によって、享受していた権利を放棄しないで済む社会に

―― 平田さん自身はどのように育てられましたか。

母はキャリアウーマンの第一世代で、僕は生後6カ月で保育園に預けられていました。恐らく当時、0歳児を預けることは相当風当たりが強かったと思います。最近、0歳児を預けているお母さん達と話したら、「そんなに早く預けるのか」という風当たりが強いと聞いて。「いまだにそうなの?」と驚いたんですが。

母は、留学したいという思いが強かったのですが、僕を産んだために留学を諦めました。僕は20歳のときにその話を知って、ショックを受けて。それが僕の原体験になっています。

母親が子どものために何かを犠牲にするのって、その瞬間では「子どものために」ですが、犠牲が出ている以上、社会全体にとっては明らかにマイナスです。子どもにとっても、決してプラスではないこともある。

要するに、「女性が結婚や出産によって、それまで享受していた権利を放棄しなければいけないような社会」は、もう無理なんです。この1点さえ踏まえれば、街づくりや教育政策は、今よりずっと良い方向に変わるはずです。「女性がそれまで享受していた権利」とは、単に「働く権利」だけではありません。芝居や映画を観に行くなど、文化的側面も含めて、それらを放棄しなくて良い社会を目指すべきです。

僕の母は、安倍首相が「3年間抱っこし放題」と言ったとき、烈火のごとく怒っていました。放っておいてくれ、そうじゃないんだ、と。

―― 確かに、今の子育て世代の感覚とは隔たりがありますね。

だから今の若い世代のお母さんが、社会の中核になったときに、今の気持ちを忘れないでいていただきたい。これで数年後、“おっさん”みたいになったら困りますよ。

(ライター 星野ハイジ)

[日経DUAL 2016年6月17日付記事を再構成]