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平田オリザ「母親が何かを犠牲にする社会はおかしい」

日経DUAL

2016/8/16

日経DUAL

 劇作家・演出家の平田オリザさんが、日本の行く末を考察した著書『下り坂をそろそろと下る』。その中で平田さんは、「子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を観に行っても、後ろ指をさされない社会を作ること」の必要性を訴えています。一体なぜ、今の日本社会では、「後ろ指をさされ」てしまうのでしょうか。私達が目指すべき社会の在り方とは。そのために今、私達がすべきこととは。2回に分けて平田さんに話を伺います。

1962年東京都生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」を結成。戯曲と演出を担当。現在、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター客員教授。戯曲の代表作に「東京ノート」「その河をこえて、五月」など。(写真:品田裕美)

■転落しやすい日本社会。でも多くの人には実感がない

―― 日本の行く末を案じ、本で警鐘を鳴らしています。どういった問題意識をお持ちなのでしょうか。

 今、日本社会はすごく分断された状況にあります。格差社会や、若者の貧困、下流老人といった問題が存在する一方で、日本の中間層の人達には、それらについて、いまひとつ、響いていないと思うんです。今の日本は転落しやすい社会だということは何となく知っているのだけれど、それが現実にどういうことなのかは、自分が転落してみないと分からない。だから、貧困問題などに対して、「そうは言っても、自己責任だろう」の一言で片付けてしまう。これではまずいんです。

 新橋のガード下で飲むサラリーマンに象徴される、日本の中間層というのは、まだかろうじて残っている日本経済の資源です。その人達にも伝わる言葉で、今の日本を語り、格差や貧困を、みんなの問題として共有していかなければ、という思いがありました。

 今、僕は大学で、アートマネジメントを教えています。そこでは、ホームレスや失業者をアートでいかに救うかということを考えます。失業者に、アートなどの文化活動を通して社会とつながりを持ってもらうほうが、結果的に社会全体のリスクもコストも下がるのです。それを「文化による社会包摂」といいます。

 こういったことを学生達に教えていて、実は年々、手応えが弱ってきているのを感じます。みんな良い子なのだけれど、「この子達にはあまり実感はないんだろうな」という印象を受けます。

―― それはなぜでしょうか。

 僕が教えている大学には、中高一貫校などを出た、育ちの良い子が多いんです。すると、中学、高校という、人として一番成長する大事なときに、周りに貧乏な子がいない、障害者もいないという環境で育っている子ばかりです。さらに、親戚付き合いや近所付き合いも減っている。そういう環境で育った人達が、偏差値の高い大学を出て、官僚になって日本の中枢を占めつつあるわけですから、この状況には危機感を覚えます。

―― 平田さんは「子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を観に行っても、後ろ指をさされない社会を作ること」が少子化対策には必要だと述べられています。

 今の日本では、保育園に子どもを預けているお母さんが、レストランで普通に食事をしているだけで(保育園などに)通報されるなんてことが、現実にあります。芝居や映画に行く以前の問題ですよね。こんな社会は、本当に異常です。日本人は、いつからこんなにとげとげしい、ギスギスした民族になってしまったのでしょうか。

■「自分だけが苦労して、誰かがズルしている」という妬みがまん延している

―― なぜ、後ろ指をさされてしまうのでしょうか。

 ヘイトスピーチに象徴されるように、「自分だけが苦労して、誰かがズルをしている」「誰かがいい目をみている」という妬みが日本社会の基盤になりつつあることが原因です。「子育て中のお母さんが、保育園に子どもを預けて映画を観に行くと後ろ指をさされる社会」と、「失業者や生活保護者が、昼間に芝居を観に行くと通報されてしまう社会」。そして、ヘイトスピーチ。日本で起こっているこれら3つの現象は、すべて根っこの部分でつながっていると思います。そして、こうしたマインドの問題が一番大きいのに、それを無視したまま、目先の対応だけが議論されています。

―― どうしたら、現在のギスギスした状況を打開できますか。

 一つには、「子どもは社会全体で育てるんだ」ということを、皆がもう一度自覚することです。子どもを家族だけで育てるというのは、戦後、アメリカから入ってきたモデルであって、日本の伝統的な社会でもなんでもありません。子どもに個室を持たせて、クリスマスにプレゼントを買って……というのは、消費社会にとって都合のいい、高度経済成長期のある種の幻想です。

 僕自身は、商店街の中で生まれ育ち、小さいころは人の家に預けられることが普通でした。今、昔と全く同じようにすることは難しいでしょうけれど、これから徐々にでも「社会全体で子育てをする」という意識を持つ必要があります。

 保育園の音の問題についても、個別の事情はあるでしょうが、自分の孫の声をうるさいと思うおじいちゃん、おばあちゃんはいないですよね。音の感じ方って、すごく主観的な、相対的なものなので、知っている子の声だったらそんなに気にならないはずです。もちろん、防音設備など、技術的な対応も必要ですが、ここでもマインドの問題が大きいと思うんですよね。

―― 他にも、打開策はありますか。

 もう一つ大事なのは、教育です。「自立する」ことと、「他者を尊重する」ことはすごく矛盾することなので、教育の中でそれを教えていかないといけない。そうした教育はイギリスでは、「市民化教育」といわれて、良き市民をつくるための教育がなされています。日本はそういう備えなしに、一気に個人主義社会に突入してしまいました。インターネットの隆盛も相まって、無防備な状態のまま予想以上に個人主義化が加速した印象があります。

■都市部以外の多くの自治体は、子どもが欲しくてたまらない

―― 東京と地方では、抱えている問題は異なりますか。

 仕事柄、地方を訪れることが多いのですが、東京と地方では事情は全く異なります。例えば待機児童問題は、都会を中心とした200くらいの自治体の問題で、残り1400の自治体は、子どもが欲しくてたまらない状況です。

(写真:品田裕美)

 しかし地方には男女の「偶然の出会い」がないという問題がある。それと、「諦め」があります。地方の場合、高校入学の時点で、普通科、商業高校、工業高校の3種類くらいの選択肢しかなく、偏差値によって輪切りにされてしまいますよね。その段階で交友関係や選択肢が決められて、人生を諦めてしまうんです。地方においては、そのあたりを解消していくほうがいいのではと思っています。

 一方で僕は、地方には希望もあると感じています。例えば、岡山県の奈義町は人口6000人ほどの街ですが、高校生まで医療費を全部無料にするなど、ここ数年、「子育てするなら奈義町で」というフレーズを掲げて地道にやっています。すると、若い子育て世代が引っ越してきたりして、2014年(平成26年速報値)は合計特殊出生率2.81と、日本一になりました。

 奈義町は教育にも力を入れていて、2020年の大学入試改革を見据え、小中学校で既にアクティブ・ラーニングを導入しています。田舎に対して親が一番心配するのは、子どもの教育なので、このように教育レベルの高さをウリにして、人を呼び込む自治体が出てきています。

 東京一極集中といっても、東京から同心円で差があるのではなくて、まだら状に地方間の差があるんです。いつまでも変われないままの自治体もある。恐らく、東京オリンピックまでのあと5年くらいが、地方創生の最後の正念場になると思います。

―― うまくいっている自治体の特徴は。

 岡山県奈義町や兵庫県豊岡市、香川県小豆島など、成功している地方自治体は、過去の厳しい行政改革を経て、現在、財政状態が健全です。そして首長達は口をそろえて、「節約してためたお金をすべて、未来への投資に充てる」とおっしゃっています。

 これは、日本全体にもいえることです。今こそ日本は、これ以上借金を増やさずに、教育や子育てや福祉に徹底的にお金をかけるべき。しかし残念ながら、日本全体としては未来への投資の余裕が無くなってしまっています。OECD加盟国の中でも、日本はGDP比率の教育の予算が極端に少ない。

(写真:品田裕美)

■「日本はもう成長しない」という寂しさに向き合うことが一歩

―― なぜ、未来へ投資できないのでしょうか。

 政治の中枢の人々が「まだ日本は成長する」と信じているからでしょう。もう、ほとんどの国民は信じていませんが、なぜか国の真ん中にいる人だけが宗教のように信じている。成長するなら、その分野に投資するのはいいですよ、ダムとか。でも、もう成長しないのだから、“人”に投資するしかないんです。しかし、現状、それができていません。

―― どうしたら、未来へ投資する方向に向かえますか。

 結局それもマインドの問題で、3つの「寂しさ」に向き合うことが必要です。1つは「日本はもう成長しない」という寂しさ。次に、「日本はもはや工業立国ではない」という寂しさ。僕は1962年生まれで、高度成長の真っただ中に育ったので、『プロジェクトX』などを見るとウルッときてしまう世代なのですが、そこをぐっと我慢し、寂しさを受け入れないと。

 そして3つ目の寂しさは、「日本はもはやアジア唯一の先進国ではない」ということ。この寂しさを受け入れられないために、韓国や中国に嫌悪感を抱いて、「韓国や中国は何かずるいことをして、日本に勝っているのではないか」と思いたがる人達がいます。

―― 日本が再び成長する可能性はないのでしょうか。

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 成長は、しないでしょう。今、モノが余っているのは日本だけではなく、世界中で需要と供給のバランスが崩れ、供給過多になっています。唯一、総需要が伸びるはずの中国に関しても、今のグローバル社会では、中国15億人のうちの3~4億人しか、中間層になれないのではないかと思います。今はまだ、中間層が2億人くらいなので伸びしろがありますが、やがて限界がきます。

 すると、中国の成長が止まった段階で、世界経済が相当厳しいことになります。そこに、「寂しさ」を受け入れられないマインドが加わると、日本が受ける打撃はさらに大きくなるでしょう。このマインドのゆがみを変えていかないと、日本は「下り坂」どころか「急激な坂」を下ることになってしまいます。

※後編「子どものために、親自身も人生を楽しむ」では、平田さんが考える「理想の教育の在り方」などをご紹介します。

(ライター 星野ハイジ)

[日経DUAL 2016年6月16日付記事を再構成]

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