突出したトップでなくても会社は変えられる日本マイクロソフト会長 樋口泰行氏(1)

日本マイクロソフト会長の樋口泰行氏。普通のサラリーマンだったという同氏は、米国留学を経て3つの会社の経営トップを経験、プロの経営者の先駆けとなった。外資系のIT(情報技術)企業のほか、再建の渦中にあったダイエーなど流通大手も率いた。激しく経営環境が変化するなか、リーダーには何が求められているのか。樋口氏のリーダー論の連載をスタートする。

政治や事業経営を問わず、現代のリーダー論やリーダー像を考えようとすると、どうしても「変革期の」という冠が不可欠だ。もちろん過去のリーダー論でも、その検証の素材になったのは戦乱期や時代の大きなうねりのなかで活躍した、いわゆる「変革期」の人たちだった。しかし現代は、そうした突出した人物にスポットを当てる形でリーダー論を語ると決定的なポイントを見逃してしまう気がしてならない。

日本には今、京セラの稲盛和夫さん、日本電産の永守重信さん、ファーストリテイリングの柳井正さん、ソフトバンクの孫正義さんなど突出した経営リーダーがいる。米国に目を向ければアマゾンのジェフ・ベゾス、スペースXやテスラモーターズのイーロン・マスク、そしてマイクロソフト最高経営責任者(CEO)のサティア・ナデラなど、はち切れんばかりのエネルギーで未来を切り開こうとしているリーダーがいる。

日本マイクロソフト会長 樋口泰行氏

彼らのリーダーシップは本当に尊敬に値するし、彼らに学ぶことは有用だとは思う。しかし、彼らの資質を抽出してリーダー論を組成したとしても、誰もが共有できる「変革期のリーダー」論にはなっていかないのではないか。

というのも今求められているのは、マクロでもミクロでも構造的に起きている変化に対応するための基礎的なリテラシーとしてのリーダー論であり、誰もが共有して自身の資質として身につけなければならないようなリーダー論だからだ。

ダイエー、マイクロソフト… 3つ会社の社長を経験

なぜこのように考えるかといえばまず、私個人の経験と深く関わっている。大学を出て松下電器産業(現パナソニック)に入社したときは、一生を技術者で終えるのだろうと思っていた。しかし運に恵まれてMBA留学ができ、以後日本ヒューレット・パッカード(HP)社長やダイエー社長、そして日本マイクロソフト(MS)社長などを務めてきた。伸び盛りのパソコンメーカー、経営破綻した総合スーパー(GMS)、そして“IT業界の巨人”といわれながらも創業から40年を経て大企業病に陥り始めていたソフトウエア会社。

一連の経験から学んだのは、個々の従業員が変革のリーダーとしての自覚と資質を備えて環境の変化に向かい合わなければ、個人にも企業にも持続的な成長はもたらされないという確信だった。

言葉を換えれば、先に紹介した経営リーダーたちは突出した力を持っている半面、企業にとってはリーダーの力そのものがリスクに転じてしまう。実際、各社の有価証券報告書の「事業等のリスク」には、トップへの経営依存が強いことが表明されている。

突出したトップの経営力に誘導されるのではなく、組織文化として変革期のリーダーの資質が育てられ、共有され、さらに醸成されていくことこそ緊要なのではないのか。45歳から実質14年間、3つの会社で経営トップを務めてきた私の実感として持ったリーダー論の視点だ。

世界は人口オーナス期に突入

ビジネスをめぐる環境は、本当に大きく変わってきている。マクロで見ればグローバル化など以上に重要な課題として浮上しているのが世界各国が「人口オーナス期」に突入していることだ。

人口オーナス期とは、「人口構成の変化が経済にとってマイナスに作業する状態」(『知恵蔵2015』)と説明されている。オーナスとは、「重荷」や「負担」を意味する。つまり少子高齢化が進んで従属人口(幼年人口と老年人口の合計)の生産年齢人口(15~65歳)に対する割合が高まる時期だ。

働く人よりも支えられる人の方が増えるのだから社会保障費は増大し、貯蓄率は低下し、投資率が低下して結果的に成長率を引き下げる(ちなみに生産年齢人口が従属人口を上回る時期は「人口ボーナス期」と呼ばれる)。

日本は1990年代初めに人口ボーナス期を終え、オーナス期に入った。先進国ではドイツやフランス、イギリスですでにオーナス期に入り、「成長が著しい」と言われるアジアでさえ中国は2010年ごろに、シンガポールやタイ、ベトナムなども10年代半ばにオーナス期に入っている。一方、インドでは人口ボーナス期が2040年ごろまで続くと予測されている。

オーナス期に入った社会の特徴は、当たり前だが少子高齢化で労働集約型産業は成立せず、一方で高学歴化により頭脳労働の比重が増す。

オーナス期への対策としては、(1)社会保障を整備して世代間格差をなくす、(2)女性や高齢者の雇用を促進して労働力率を高める、(3)労働生産性の上昇策を講じて成長率を維持する――などが指摘れている。

かみ砕いて言えば「共・短・多」だ。老若男女が「共に働き」、生産性を高めて「短時間で稼ぎ」、それらのために「多様な価値観」を認め合う。今風に言えば、ダイバーシティーはオーナス期の社会にとって絶対に不可欠な価値観である。

これもまた当たり前のことだが、国民が幸せだと感じる国は、国自身が活性化していなければならない。国の活性化とはやはり民間の企業が、自由な競争の下で経済的な成果を生み出していくことに他ならない。民間活力がなければ国の活力はない、と言っても過言ではないだろう。

にもかかわらず、現在の日本にはどんづまりとなっている業界、業態が少なくない。今、大きな渦中にある電機業界。家電は採算が取れず、液晶やLEDなどのパネル開発では後れを取り、半導体では統廃合が繰り返される。総合スーパーでもダイエーはイオンに吸収され、そもそもGMSという業態自体が輝きを失った。

すでに「頑張ればなんとかなる」と発破をかけてなんとかなる状況ではなく、業界構造も含めて全体を俯瞰(ふかん)しながら戦略を立てなければ生き残れない状態にある。食品業界や化学業界も似たような状態にある。

変革期のリーダーに求められるものは

しかし、多くのお客さまと接していて「経営者が変わらなければならない。そのためには外を見なければならない」と危機感を高めている経営者は少ないように感じる。

もちろん多くの経営者が、「変わらなければいけない」とおっしゃる。だが、「どう変わらなければいけないのか」や「そもそもどうして変わらないなければいけないのか」を、心底のところで深く自覚している経営者は多くないように感じるのだ。

高度成長期からの日本産業の成功体験があまりにも強烈であったために滅私奉公、長時間労働、年功序列、終身雇用という“生態系(エコシステム)”から抜け出せない。というよりも固定観念が強烈に根深いのである。

今や3年先の状況も見通せないような時代だ。中期計画はつくるものの1年ごとに見直すローリング方式を取り入れる企業も増えてきた。経営者は、ビジネスのトレンドや競争の実態をたえずチェックしながら舵(かじ)を切らなければ後手を取ってしまう。でありながら、世界の変化が会社に十分に反映されているかといえば、そうではない例が多い。

他社の40歳代前後の働き盛りの人たちと話していて、「会社を変えようとしても話を聞いてもらえない」という不満をいつも聞かされる。キャリアと実績から、世界の変化を敏感に嗅ぎ取っている世代の問題意識が、会社組織に十分に浸透していかないのだ。「エネルギーだけでなく筋力も落ちてしまう感じ」と語る人もいる。

だからなのか世界に打って出る気概のトップは、米国などと比べてみると極めて少ない。一つの生態系のなかにいると、別の生態系の存在が分からず、自分がどう悪いのかも分からない。他社をベンチマークしてみても、どこまで本気なのか疑わしいようなベンチマークに終わってしまう。

必須条件となる他の生態系への強い関心

経営トップ自身が、「他社はここまでやっているのか。このままでは本当にまずい」と青ざめるような強烈なショックを受けない限り変革への取り組みは本物にはなっていかない。それは同じスポーツで田舎ではトップでも、都会の名門校の選手を見たらレベルの違いに腰が抜けたというのと同じような体験なのだ。

私は、競争の激しいIT企業やダイエーという経営破綻した企業の社長を務めてきて、他の生態系に関心を持たなくなった組織がどのように衰退するかをつぶさに見てきた。オーナス期社会というマクロ環境は、企業の病勢を早めこそすれ猶予を与えてくれるものではないのだ。高学歴化社会での頭脳労働者の比率の高まりや、経済成熟に伴う人件費の高騰などは、それだけ企業を厳しい開発競争、コスト競争にさらすのである。

見方を変えればオーナス期とは、トランスフォーメーション(事業の構造的変革)やターンアラウンド(事業再生)が繰り返し求められる時代だ。経営トップがかつての島国ニッポンのように他の生態系に強い関心と興味を持たないままでいること自体が大きな課題だ。それは裏を返せば、変革のリーダーに求められる第一の要素がなにであるかを物語っているようにも思う。

樋口泰行氏(ひぐち・やすゆき)
1980年阪大工卒、松下電器産業(現パナソニック)入社。91年米ハーバード大学経営大学院修了。2003年に日本ヒューレット・パッカード社長。ダイエー社長を経て、08年日本マイクロソフト社長に。15年より現職。

(撮影:有光浩治)

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「プロ経営者が語る変革のリーダー」は原則、隔週水曜日に掲載します。

僕が「プロ経営者」になれた理由 変革のリーダーは「情熱×戦略」

著者 : 樋口 泰行
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,728円 (税込み)

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