農業の魅力発信、よしもと芸人に「任せなさい!」
仙台市でプロジェクトがスタート
地域の活性化、農業の活性化という課題に向けた宮城県仙台市の取り組みが注目されている。「農業芸人」と呼ばれる新しい試みで、20歳と21歳の若手漫才コンビが同市郊外の農業地域に移住し、地元住民と連携しながら農業の魅力を発信している。
仙台市の農業芸人プロジェクトが始まったのは今年4月。若者というだけでなく、芸人にもこだわったのは、「話題になることで注目が集まる。芸人なら発信力もあり、農業の魅力を若者層に訴えることができる」(仙台市経済局農林部農政企画課)と考えたためだ。応募したのがキングビスケットという漫才コンビ、藤城翔威さん(21)と平井夏樹さん(20)の2人だ。
茨城県土浦市の高校でサッカー部の先輩後輩。2015年4月に東京でデビューしたが、小さなライブハウスで月に2、3回出番があればいい方で、収入はほぼゼロだった。平井さんの卒業を待っている間、藤城さんはアルバイトで農業に従事していた。仙台市の農業芸人募集を知り、「これができるのは自分たちしかいない」と迷わず手を挙げた。平井さんは潔癖症で土いじりの経験すらなかったが、「このまま東京にいても活動の場は少ない」と決意した。
キングビスケットの2人が移住したのは、仙台市の中心部から車で30分ほどの太白区坪沼地区だ。周囲は田んぼと畑しかない典型的な農村地域で、高齢者が多い。筆者が取材に訪れた7月2日は「溝切り」と呼ばれる農作業の日だった。5月14日に田植えをし、稲の成長を促すため、いったん水を引き、空気を入れるために溝を掘る作業だ。この日は応援にやってきた人気芸人、ロバートの馬場裕之さんも加わり、地元の人たちに教わりながら溝切りに取り組んだ。
キングビスケットの2人は仙台市の「地域起こし協力隊」として市から給料をもらっている。坪沼八幡神社の社務所に住んでおり、家賃はかからない。地域の人々が米や野菜など差し入れてくれるので食費もいらない。生活は東京時代に比べ、ずいぶん安定した。今は稲や野菜を育てながら、農業の魅力をSNSなどで発信している。
移住から3カ月、東京時代は夢のまた夢だったテレビ出演もすでに5回実現した。「何気なく食べていた野菜が、きゅうり1本でもこんなに手間暇がかかるのかと驚いた」(藤城さん)という就農の日々は新鮮で、「おもしろいことが勝手にどんどん起こる」(平井さん)。そんなおもしろい毎日をネタにした農業漫才で、年末の漫才全国コンテスト、M1グランプリにも参戦する。
日本の農業は今、大きな転機にある。秋の臨時国会では環太平洋経済連携協定(TPP)法案が審議される見込みで、農業の効率化は待ったなしだ。農林水産省の農業労働力に関する統計によると、農業人口は209万人(2015年)とピークの10分の1以下まで減り、平均年齢は66歳と高い。
キングビスケットの活動をきっかけに、若者の農業への関心が高まれば、長年の課題である地域経済の活性化にもつながる。吉本興業のグループ会社で新規事業の企画などを手掛ける、よしもとデベロップメンツの宮城県担当、兼松辰幸氏は「農業芸人が成功すれば、漁業芸人、林業芸人など新たな地域活性化策につながる可能性がある」と指摘する。仙台市と同様の試みは新潟県長岡市でも進んでいる。地域活性化と農業活性化に向けた新しい取り組みに注目したい。
(編集委員 鈴木亮)
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