年をまたげば年齢も上がった 落語に見る江戸の正月
立川談笑
まずはお正月の直前、大晦日。
現代では、テレビで恒例のNHK紅白歌合戦の終盤、「蛍の光」を全員で合唱して色とりどりのアルミテープがちゅどーん! と客席に放たれる。番組終了の文字が出てしばし。華やかな画面が一転して、闇の中しんしんと降る雪に照り映えた寺院の鐘楼が現れ「ごーん」と鐘の音が響き渡る。なんともしみじみとした時間です。あればっかりは、録画しておいて後で見たって面白くもなんともない。
あの除夜の鐘、現代では一般的に日付が切り替わる夜中の12時を目途に撞きますよね。ところが江戸時代にはなんと日暮れに撞いたそうなのです。日没とともに日が切り替わり、すなわち新年がやってくるという。有名な落語「芝浜」の中で私は余談としてこの豆知識を織り込むのですが、みなさんずいぶん意外なようです。まだ宵の口から「新年おめでとう!」なんて違和感もいいところですが、そこが昔と今との生活と常識の違いです。
さらに江戸時代の常識では、年が改まった瞬間、全員が一斉に1歳ずつ年をとる。これまた我々には違和感です。今は普通に「満○○歳」なんて言いますが、私が子どものころは年齢を「数え年」で語る人はちらほらいたものです。「数えで80歳。満だと79歳か」みたいな。調べてみたら、1950年1月1日施行の「年齢のとなえ方に関する法律」によって、公共機関に対して満年齢の使用を義務付けた、とありました。戦後しばらくまでは数え年も一般的だったということです。
江戸時代は、もちろん数え年でした。0歳がありません。赤ちゃんが生まれるとその子は1歳。年をまたぐと2歳。ということは、大晦日の昼間に生まれ出た子が翌日には2歳になるのです。年齢という物差しが使い物にならない気すらしてきます。さすがにこのあたりは当時も不都合と感じたようで、年末に生まれた子はみんな年明けに生まれたことにしちゃえ!とした結果、1月1日や2日生まれの人がやたらと多かったとも聞きます。そういえば、師匠談志と大師匠である先代小さん師匠は共に1月2日生まれでした。この話と関係あるかは知りませんが。
また、前座ばなしの定番である古典落語「子ほめ」は、昔ながらの数え年を前提にしています。相手の年を若く言う世辞を教わった男が、赤ん坊を褒めようとして失敗する話です。
「ときに竹さん。この子はいったいおいくつで?」
「生まれたばっかりだから、ひとつ(1歳)だよ」
「ひとつとは、たいそうお若く見える」
「ひとつで若けりゃ、一体いくつだ?」
「う~ん。どうみても、タダだ」
と、これがサゲ。数え年の習慣が薄れた現在ではちょっと伝わりにくいかも。
もうひとつ落語にからめて江戸の正月の話をしましょう。古典落語「かつぎや」では謎の呪文が登場します。元日の朝、商家の主人が店の若い者に用事を言いつけます。
「井戸神様へ橙(だいだい)を納めてきなさい。歌を唱えるのを忘れずにな。『新玉(あらたま)の年たちかえるあしたより若柳水(わかやぎみず)を汲み初めにけり、わざっとお年玉』とな」
井戸は神聖なもので正月には松飾りなどを施しました。新年最初に汲む水を若水(わかみず)として特別に扱い、汲む役割をその年の年男が担当した、とあります。そしてその時にお供えとして橙の実を井戸に落とし入れたんだとか。むろん地域だとか生活階層だとかで違いはあるでしょうが、そんなことをしたそうです。この文言と「丸いものをおとす」という行為が語呂合わせと共にどうも「お年玉」の語源に近い雰囲気はありますが、これは私の単なる推測。正確なところは分かりません。
正月二日に「お宝、お宝」と紙を売り歩く人がいました。枕の下に敷いて寝るといい初夢が見られるという縁起物です。木版印刷でおめでたい七福神が乗った宝船のイラストとともにこれまた呪文があしらってあります。
「長き夜の遠(とお)の眠りのみな目覚め 波乗り船の音の良きかな」
眠りにつくには相応しく、また縁起のいい文句ですが、実はこれが回文にもなっているという趣向です。
「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」
おみごとッ! これぞ江戸のエスプリのきらめきです。
こうして並べてみると、江戸時代の正月と今とではすべてが様変わりしているようでいて、その一方で縁起を担いで新年を祝う気持ちの根底は変わらない気もします。
それにしても、クリスマスと正月が近接しすぎてるのは何とかならないもんですかねえ。
(次回は1月28日(水)の更新予定)
<今後の予定>都内での独演会は2月8日、3月14日、4月21日、吉笑(二つ目)、笑二(同)、笑笑(前座)の弟子3人とともに武蔵野公会堂(東京都武蔵野市)で開く一門会は1月16日、2月20日の予定。
立川談笑HP http://www.danshou.jp/
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