福岡―札幌43時間の直通も 知られざる鉄道貨物
2156キロ! 日本で最も長い距離を走る列車
日本一の長距離列車といえばトワイライトエクスプレスが有名だ。大阪と札幌を結ぶ寝台特急で、総距離1500キロを約23時間で走り抜ける。惜しまれつつも、来春の引退が決まっている。
実は、この寝台特急よりもはるかに長い距離を走る列車がある。総距離なんと2156.1キロ。福岡から札幌を走る貨物列車だ。3月のダイヤ改正でルートが変わり、それまでより19.5キロ延びた。
出発は午前1時55分。貨車を引き連れた機関車は、JR博多駅の北側に位置する福岡貨物ターミナル駅を出ると、まずは北九州に向かう。広島、富山、新潟、秋田で荷物の積み下ろしをした後、翌日の午後9時15分にJR札幌駅の南東にある札幌貨物ターミナル駅に到着する。
総時間は43時間20分と、ほぼ2日かかる計算だ。トワイライトエクスプレスの実に2倍近いが、それでも船やトラックより早く着くという。
荷物の積み下ろしのため、時には駅に1時間半以上停車することもある。荷物以外にも機関車の交換や乗務員の交代などで何度か停車する。JR貨物によると乗務員は合計14人が乗り込むらしい。
■札幌発より福岡発の方が長い理由
ところで、「福岡から札幌」と書いたが、札幌から福岡はどうなのか? 同じではないのか? 鉄道貨物協会が発行する「貨物時刻表」で調べてみると、札幌から福岡に向かう便の方が走行時間が短い。逆ルートの約43時間に対して約37時間。6時間も短い。総距離も2131.8キロだ。なぜなのか? JR貨物に聞いた。
「札幌発の場合は途中の停車駅が少ないんです。積み下ろしのために停車するのは函館と北九州だけで、本州では乗務員の交代などでしか止まりません。福岡発の方が長いのは、琵琶湖周辺などでルートが少し違うからです」
ルートによって、荷物の種類も違うようだ。札幌発の場合はジャガイモやタマネギ、ニンジンなどの青果物や砂糖、菓子などが多い。これに対して福岡発は飲料や菓子、乾物などが多いという。青果物が多い分、札幌発の方が急ぐということだろうか。
残念ながら、この列車に愛称はない。1988年に札幌と福岡を結ぶ定期便がスタートした際は、「日本海縦貫ライナー」という名前だった。ただ、現在のものとはルートが異なり、今や特別な名前では呼ばれなくなった。人知れずほぼ毎日運行する働き者は、今日もどこかの線路を走っている。
■日本最初の貨物列車は1873年、新橋―横浜間を走る
鉄道といえば乗るものと思いがちだが、旅客鉄道と同じくらい、貨物列車の歴史は古い。
国内最初の鉄道は1872年、新橋駅と横浜駅の間を走った。その翌年、73年には同じ区間を貨物列車が走っている。鉄道の歴史は、貨物とともにあった。
貨物列車は基本的に、動力を持たない貨車を機関車がけん引する仕組みだ。旅客列車と同じく、機関車の動力には電気とディーゼルがあり、貨物では両方を使うハイブリッド型も登場している。
線路は多くの場合、JR貨物がJR旅客各社から借りている。全国をカバーするJR貨物のほか第三セクター方式で設立した臨海鉄道や、私鉄が運営する貨物鉄道がある。
貨物には専用区間もあれば旅客列車といっしょに走る区間もある。今は旅客用のイメージが強い路線も、もとを正せば貨物専用線だったケースが多い。
「鉄道・貨物の謎と不思議」(東京堂出版)の著者で鉄道ジャーナリストの梅原淳さんによると、代表例がJR京葉線と武蔵野線だ。日本鉄道建設業協会がまとめた「日本鉄道請負業史 昭和後期」に経緯がまとめてあるという。さっそく調べてみた。
「京葉線は(中略)激増する貨物の輸送需要に対処するため、小金線、武蔵野線とともに東京外環状線を形成して東京周辺の貨物輸送のバイパスルートとして(中略)計画された」
地図を見ると一目瞭然だ。神奈川県の鶴見駅から府中本町、南浦和、新松戸を経て西船橋まで走る武蔵野線・小金線(現在はどちらも武蔵野線)と、東京駅から千葉県の蘇我駅まで走る京葉線はちょうど東京近郊をぐるりと取り囲む。貨物が迂回して都心部に入らないことで、その分、都心部の旅客列車の本数を増やすことができる。都心部の混雑緩和のためという役割は、高速道路の東京外環自動車道と同じだ。「請負業史」は武蔵野線を「第2の山手線」と位置づけている。
ちなみに高速道路の「外環」は「がいかん」と読むが、鉄道の外環状線は「そとかんじょうせん」と読む。道路の場合、もともと「東京外かく(郭)環状道路」として計画されたことから、「がいかん」と呼ばれるようになった。首都高にはかつて計画された「内環状線」、通称「内環(ないかん)」もある。
■京葉線の愛称は? 幻のキャラクターも
当初は貨物専用線として計画された武蔵野線と京葉線だが、首都圏の交通事情の変化に伴い、旅客列車も乗り入れるようになる。特に京葉線は昭和40年代後半から東京ディズニーランドや幕張新都心の計画が進み、輸送手段が必要になった。武蔵野線では、現在も貨物専用線となっている鶴見―府中本町間以外の区間で、旅客列車が多く走っている。
ところで、日本鉄道建設公団(現・鉄道建設・運輸施設整備支援機構)が1991年にまとめた「京葉線工事誌」に、気になる記述があった。京葉線に愛称があるという。その名も「ベイ・シティ・ライン」。確かに浦安市周辺には「ベイシティ」を冠した会社や施設などが目立つ。そんな愛称があったとは知らなかった。
90年の全線開業時には、「めぞん一刻」「うる星やつら」などで知られる漫画家の高橋留美子さんが描いた女の子「マリン」をイメージキャラクターにしていた。休日の快速列車には「マリンドリーム」という愛称があったという。
さらに07年にはJR東日本千葉支社が千葉県を走る8つの鉄道沿線でそれぞれ犬のキャラクターを設定、京葉線は「犬塚ケイ」というヨークシャー・テリアだった。外房線が犬田ソト、武蔵野線が犬川ムサシ、東金線が犬江アズマ……。果たして覚えているだろうか。
■羽田アクセス線も貨物線を利用
8月19日、JR東日本が発表した羽田空港アクセス線構想も、貨物線を利用した計画だ。
ルートは3つ。東京、新宿、新木場駅が発着駅となる予定だ。東京発着の場合、現在休止中の浜松町―東京貨物ターミナルの路線を転用する。新宿発着では東京臨海高速鉄道りんかい線を一部経由しつつ、最後は貨物線を利用する。
新木場発はほとんどが旧貨物ルートだ。それもそのはず。新木場駅を通るJR京葉線もりんかい線も、貨物専用線として計画された。物理的にも線路がつながっており、いつでも直通運転が可能な状態なのだ。
実際、団体用の列車が新宿・渋谷方面から千葉方面まで走ったことがある。これまでは運賃精算の難しさから直通が実現してこなかったが、今回の構想はその壁を一気に取り払えるのか、注目される。
羽田新線は、3つのルートのうち新木場ルートが先行する見込み。トンネル整備などが必要だが、JR東日本は2020年の東京五輪前の開業を目指している。
JR東海道貨物線を使った相模鉄道の東京都心乗り入れ計画など、今後も貨物線の利用は目白押し。一方で、高まる貨物需要との共存も求められる。限られた線路をどう活用するか。旅客と貨物のせめぎ合いが続きそうだ。(河尻定)
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