資料に漫画、対話へ努力 進まぬ台湾新幹線計画、ユーモアで会議円滑に三菱日立パワーシステムズ社長 西沢隆人氏(下)

■2000年の正月、工事が遅れていたサウジアラビアのポリエチレンプラントへ派遣される。

プラント建設では溶接時の小さなキズなどの修正は後回しにし、立ち上げを優先することがあります。顧客がチェックし「パンチ」と呼ぶ記録に残していきます。私が到着した時にパンチは1万件あり、さすがに引き渡せる水準ではありません。3カ月ほどかけて解消しようとしました。ところがパンチは減るどころか増えていったのです。何か修正をしても作業完了後に別の要望が飛んでくるのです。この客は血も涙も無いと恨めしく思ったこともあります。

ついにパンチは6万件に達しました。途方に暮れましたが、突如ひらめきました。チェックに我々の作業者を同行させ、パンチと認定された時点で何がいけなかったかを細かく聞き取り、その場で解決することにしました。客は嫌がりましたが「一緒に頑張りましょう」と説得。これが奏功し、想定より半年も長引きましたが無事プロジェクトを終えることができました。

■01年、畑違いの台湾新幹線プロジェクトを任される。
台湾新幹線の第1編成車両の到着式典。中央が西沢社長

複数の台湾企業で構成する共同企業体の台湾高速鉄路が発注者、日本の重工メーカーや商社が受注者でした。当初、台湾高速鉄路は欧州メーカーへの発注を検討していて、その後日本連合が逆転した経緯があります。そのため台湾高速鉄路がそろえた技術者はほとんどが欧米系で日本の新幹線を知らなかったのです。車両の仕様や試験方法が異なり、2年を経過しても設計はほとんど進みませんでした。

苦肉の策として発注側と受注側それぞれの関係者のトップ会議を提案しました。壮絶な場になることが想像され胃が痛みました。そこで試運転を統括していた三菱重工業の中川正也さん(現・ICTソリューション本部長)にお願いして、会議の後味が幾分でも良くなるよう、プレゼン資料の最後に漫画を描いてつけてもらったのです。

初回は「呉越同舟」、2回目は受注者の気持ち、と毎回テーマを変えました。発注側の関係者は当初面食らっていましたが、あるときから資料を後ろからめくる人が出るほどの人気に。しかし呉越同舟の船が壊れ、沈没する絵を披露したときは「いいかげんにしろ」と怒られました。

■プロジェクトが頓挫する悲劇が相手に伝わり、変化が生まれる。

それから双方の言い分をより建設的に交わせるようになったと思います。日本の鉄道会社の協力もあり07年に開業を迎えられました。現在も重大事故なく運行しており、当時の台湾関係者とはいまだに連絡を取り合っています。

プラントであっても新幹線であっても受注者は客に誠実であり続けなくてはいけません。受注者にとっての喜びは契約日とプロジェクト完了日の2日しかありません。その間の辛苦に満ちた数百日間をどう過ごすかが採算を決めるのですが、ユーモアも大切な要素だと信じています。

<あのころ>
1990年代以降、石油化学プラントのプロジェクトが停滞した。資源価格の下落で発注者が早期稼働に消極的になると、工事中の案件で審査が厳しくなり完成が長引くことが頻発。またプラントエンジニアリングで中韓勢が台頭、日本企業は品質や工期の厳守など差異化戦略を進めた。

[日本経済新聞朝刊2016年4月5日付]

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