立川のウド 江戸の春運ぶ
苦み・食感 日本酒が進む
春を告げるウドの収穫が始まった。地下3メートルに掘られた穴蔵の室(むろ)で育てる、軟化ウドと呼ばれる白いウドだ。2月の品評会には農家えりすぐりの収穫物が出来栄えを競う。ただ、これは農村地帯ではなく、東京のベッドタウン・多摩地域の光景。ウドは東京特産の農産物で歴史は江戸時代にさかのぼる。中でも東京都立川市は都内随一の産地で、地域のシンボルとしても注目を集めている。
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立川市郊外で「東京うど」の看板を掲げる須崎農園。須崎雅義さん(72)が運転する軽トラックに同乗し、雑木林が残る一角に案内される。地面に置かれたムシロを取るとマンホールの穴があり、その地下にウド室があった。周囲は住宅が立ち並ぶ不思議な光景だ。
穴は深さが3.5メートルあり、中はむっとする湿った状態で真冬でも暖かい。縦穴からは四方へ横穴が掘られ、暗がりに目が慣れると、人の腰ほどの高さのウドがびっしりと育っていた。長年、ウドを栽培する須崎さんは「ウドは煮てよし、生でよし、いためてよし。どんな食べ方でも楽しめる食材だ」と太鼓判を押す。
出荷されるウドは長さが1メートル前後ある巨大なネギのような形。「ウドの大木」の慣用句は成長した野生種の茎をたとえたようだ。どんな調理法があるのか立川市屈指の料亭、無門庵を訪ねた。紹介してもらったのは「辛子酢味噌」「木の芽味噌あえ」など3品。農家の須崎さんが「一番うまいのは酢味噌かな」と語っていた味付けもある。
辛子酢味噌はウドがワカメに巻かれている。ウドは見た目はダイコンのようだが、きめが細かく美白という白さ。口に含むと少し鼻を刺激する苦みが広がり、しゃきしゃきとした歯触りが心地よい。セロリに似た感じもするが、中身が詰まった独特の食べ応えは他にはないものだ。
総料理長の岡安義元さん(58)は「春先に江戸野菜の1つとして使っている。主役にはならないが、ほろ苦い味から春を感じてもらうにはぴったり」と語る。他の2品も絶品だった。酢味噌などの味付けに左右されそうにみえるが、ウド特有の苦みと食感があることが前菜としての魅力を引き立たせる。日本酒がどんどん進みそうだ。
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日本原産の野菜であるウドの中で、東京の特産は太陽に当てずに育てたものだ。農地の減少で他の産地に押されているが、もともとこの栽培法は終戦直後に東京近郊の農家が確立し、多摩地域に広がった。
立川市内では今も20軒近い農家がウドを栽培し、80トン前後の生産量は全国でも有数の規模だ。地元の名産を紹介しようとメニューに加えている飲食店もある。
そのひとつが立川駅前の中国料理五十番。「うどラーメン」や「うどサラダ」などがメニューに並ぶ。中でもサラダは刻んだウドが豪快に盛りつけられ、中がすかすかのセロリと違い食べ応え十分。代表の高橋昌裕さん(49)は「安心・安全に召し上がって頂くのに地元の食材は欠かせない。ウド本来の味を知ってもらうために、原価は高いが提供し続けている」と語る。
同じく駅前にある宅配専門店の入船茶屋は「立川うど入り長寿押しずし」と「立川うど稲荷ずし」が人気だ。どちらも濃厚な味付けが口の中に広がり、ウドはしゃきしゃきとした食感で控えめに存在感を示す。
地元らしい1品として10年ほど前に考案したところ評判となった。経営する小沢清富さん(47)は「地元産のウドが街おこしにぴったりと考えた」といい、自身が副社長を務めるまちづくり会社が運営する農産物直売所「のーかる」でもウドを扱う。同店で仕入れを担当する中西奈美さん(35)は近く総菜店を開く予定で、「自分の故郷の小笠原レモンと、ウドを組み合わせたマリネなどを味わって欲しい」と意気込む。
地方出身者が多い東京近郊は地元意識が希薄といわれる。ただ、立川で手焼きせんべい店を営む信濃屋のウドを使ったせんべいやようかんは「帰省する人の手土産に人気」(店主の下沢正二さん=75)という。自身も長野県出身で「『立川がふるさと』という意識を高めるのに役立てば」と語る。ウドは控えめながら、地域の顔になってきたのかもしれない。
立川市内のイベントに最近出没するキャラクターがウドをモチーフにしたウドラだ。市の公募で2位だったのを逆手に、地元企業が「公認なりそこねキャラクター」として売り出している。地元出身の制作者、まつおよういちさん(41)は「学校のウド室見学などでなじみがあった。ウドラをきっかけに地域を盛り上げられたら」と語る。
東京農業大の五條満義准教授は「都市で農業を続けるには消費者でもある住民の理解が不可欠。東京の風土に根ざしたウドはその代表的な食材」と指摘する。
(地方部次長 浅山章)
[日本経済新聞夕刊2016年3月1日付]
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