介護記録を手帳で「見える化」 緊急時の引き継ぎにも
在宅で介護する人を助け、孤立を防ごうと、手帳を用いた取り組みが相次ぐ。民間支援団体は介護者が新型コロナウイルスに感染した場合に備え「引き継ぎシート」を作成。支援者が円滑に対応できるよう家族の情報をまとめる。介護者の不安な気持ちを吐露する日記代わりにもなる「在宅手帳」の啓発・普及も進む。
介護する自分がコロナ感染で倒れたら――。民間の支援団体、日本ケアラー連盟(東京・新宿)はコロナ対策の緊急引き継ぎシート「ケアラーのバトン」を作成した。当人の認知症や障害の程度、アレルギーの有無、コミュニケーションの取り方など約40項目を書き込む。無料でホームページからダウンロードできる。
利用者からは「今の状況を整理できた」(50代女性)との声が聞かれる。群馬県桐生市で80代の親を介護する須永圭一さん(56)は「介護者にとっては当たり前でも、第三者には分からないことがたくさんある」と話す。コロナ下で不安を抱えるなか「介護を見える化」し他者と共有することは精神的な悩みを和らげる手助けにもなるようだ。
須永さんは介護のため東京から実家に戻って5年目。同じく在宅介護をする人や介護の専門家と今夏オンラインサロンを開設した。公的支援のよろず相談所「地域包括支援センター」など地域のつながりも生かし、情報交換の場とする。
在宅介護者はつい何でも自分でやろうとしてしまいがち。そんな介護者のために、NPO法人の介護者サポートネットワークセンター・アラジン(東京・新宿)は「在宅介護者手帖」(素朴社、定価660円)の啓発・普及に力をいれる。
ケアラー連盟と2020年末に作成。A5判・48ページの手帳で、自治体や民間の支援サービス、忙しいときに役立つ宅配サービスなど、介護者が必要な情報を自由に書き込める便利帳だ。アラジンの牧野史子理事長は「介護は1人でできなくて当たり前。真面目すぎる人はそう思って」と話す。
誰にも相談できず疲れ果てた介護者が亡くなるケースも見てきた。自治体には担当窓口がある。サービスによっては高齢者福祉ではなく障害者福祉の場合もあるので分からないときは地域包括支援センターに聞くといい。同手帳は全体の3分の1が日記代わりに使えるのも特徴。「不満や不安を率直に書いて」と話す。
「さまざまな事柄を1冊にまとめ、読み返すことは介護と冷静に向き合う近道」。東京都小金井市の支援団体、NPO法人のUPTREE(アップツリー)は「認知症の家族のための介護者手帳」(A5判・100ページ、通販価格1870円)を発行する。阿久津美栄子代表理事は出費を記しておけば親族とのトラブル回避にもなると助言する。
介護を経験した自分たちの「あったらよかった」の思いを5年前、手帳の形にした。「できることリスト」は通所や訪問サービスを上手に使い、息抜きの時間を確保するよう促してくれる。終末(みとり)期までを4つの段階に分けて介護の流れを見える化したロードマップは、利用者からも「ゴールを受容し、ステージごとの準備を立てられる」共感を得ている。
市政情報を加えてこういった手帳をカスタマイズし、地域福祉で活用する自治体も現れた。小金井市はアップツリーと2年前に市民版を作り、21年春には第2弾「男性のための介護者手帳」を発行した。東京都調布市は地元の支援団体と共同で22年度中にも独自の手帳を発行する。孤立しがちな介護者の元に届け、何をどう進めればいいかを示し「1人ではない」という安心感を与えようと取り組む。
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自治体や企業もサポート
埼玉県は20年春、ケアラー(介護者)を支援する全国初の条例を制定した。介護体験者の声を動画でホームページ(HP)で配信中で18歳未満の「ヤングケアラー」編もある。20年の県の調査で県内の家族介護者の3人に1人が「介護を頼める人がいない」と回答し、孤独な介護の断面が浮き彫りに。県は11月を「ケアラー月間」に定め、支援団体の取り組みなどを新設のHPで情報発信する。
東京都内では自治体の介護者支援事業として「家事サービス代行」(杉並、新宿区など)や「介助実技の訪問レッスン」(葛飾区)、「24時間電話相談」(江戸川区)などがある。埼玉県の条例制定を機に各地で介護者支援の機運は高まっており、地域と企業の協働も生まれている。SOMPOホールディングスは支援アプリを開発し、福島や石川県、堺市などのモデル地区で年内にも無償配布する。
(山本啓一)
[日本経済新聞夕刊2021年9月1日付]
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