熱々の石を投入、沸き立つ磯の香り 秋田の石焼き料理
秋田県男鹿市の石焼き料理は漁師料理に着想を得た豪快な郷土料理だ。男鹿沖で捕れたマダイなど新鮮な魚介類を秋田杉の木桶(おけ)に入れ、セ氏800度に熱した石で湯を一気に沸騰させる。見た目は派手だが、繊細な工夫が素材の味を引き出す。
男鹿の漁師はかつて沖合の丸木舟の上で火鉢で焼いた石を使ったり、岩場のくぼみに焼いた小石を入れたりして新鮮な魚を調理したという。男鹿温泉郷の「男鹿ホテル」で当時の菅原慶吉専務(後の男鹿市長)が1964年、お座敷料理として復活させた。
マダイ、ソイ、メバル、時期によってサワラやブリ。刺し身などで余った白身魚をぶつ切りにし、湯を張った木桶に入れる。炭で3時間かけて真っ赤に熱した石を投入。あくを取り、味噌を入れ、仕上げに再び熱々の石を入れて沸騰させる。岩のりの入ったおわんに盛り付ける。
男鹿ホテルや男鹿観光ホテルなどを運営するSKO(男鹿市)の斉藤均相談役は石焼き料理40年のベテラン。おいしさの秘密を聞くと「1回目の石で沸騰させず、じわじわ湯の温度を上げて煮込むので、魚の臭みやあくが浮き上がってくる」と話す。2回目の石で沸騰させ、魚の身を締め、味噌の辛みを飛ばす。石焼き料理は夕食とは別料金だが、なまはげと並ぶ男鹿の名物として「ほとんどの宿泊客が注文する」(男鹿観光ホテルの中田雅二支配人)。
観光スポットの入道崎にある「お食事処 美野幸(みのこう)」は予約必須の人気店だ。88年に先代が和食料理店として開店。後を継いだ店主の鳴海孝さんが2008年に石焼き料理専門店に変えた。「天然真鯛(マダイ)の石焼定食」は他店などが出す定番の味噌味と異なり、塩味。具材は天然マダイ、岩のり、ネギとシンプルだ。
石でぐつぐつと煮立ったスープを一口。見た目の豪快さとは異なり、味は繊細。日本料理の技法で取っただしが口の中に染み渡り、サンショウが香る。木桶の中のマダイは肉厚だが、ちょうど良い火加減でふわふわだ。
鳴海さんのこだわりは天然マダイの鮮度。海がしけて入荷がないときは店を開かない。「鮮度が良いから、いいうまみ成分が出る」と仕入れに自信を持つ。最後はマダイをご飯にのせ、ワサビやゴマ、桶のスープをかけてお茶漬け風にすると絶品だ。
新型コロナウイルス禍で、やむを得ず営業日数を抑えるホテルや飲食店も多い。営業日を事前に確認し、男鹿の名物を堪能してほしい。
石焼き料理に欠かせない石は男鹿で「生き石」「金石(かないし)」とも呼ばれる。正式名称は溶結凝灰岩。噴出した火山灰や火山れきが溶岩とともに堆積し、約7000万年前に形成された。
入道崎や男鹿水族館GAOの周辺の岩場で取れ、石焼き料理を提供するホテルや飲食店の従業員が拾いに行く。「火力を維持する力が高く、桶に入れたときに熱を吐き出す」(斉藤さん)。他の石は急激な温度変化に耐えられず、割れてしまうため、使えないという。
(秋田支局長 早川淳)
[日本経済新聞夕刊2021年3月18日付]
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