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玉川高島屋の店内

玉川高島屋の店内

■高島屋の村田善郎社長(59)の転機はドイツ赴任だった。

1985年に高島屋に入社し、日本橋店(東京・中央)の食品部門で輸入酒を担当しました。当時は婦人服などアパレル部門が花形で、食品はやっと「デパ地下」が広がり始めたころ。私自身は入社時から海外志向が強く、チャンスがあれば欧州などの小売業界を肌身で感じる仕事がしてみたいと思っていました。

機会が巡ってきたのは90年。ベルリンの壁の崩壊の後にドイツに拠点を開くことが決まり、声をかけてもらい駐在することになりました。学生時代からクラシック音楽が好きでドイツには憧れも強かったので、本当にうれしかったです。

ドイツや東欧圏の優れた商品を発掘して日本に輸出するほか、現地の市場調査や情報収集がミッションでした。日本から買い付けに訪れるバイヤーのサポートも担当しました。ミュンヘンの「ダルマイヤー」のハム・ソーセージ、高級食器「マイセン」などはそれ以前から扱っていました。

■「飛び込み」で優れた商品を発掘。

ドイツは質実剛健でクラフトマンシップを大事にするお国柄です。工業製品や食器など、カテゴリーごとに優れたサプライヤーが各都市に分散している。スポーツ用品ならミュンヘン、家庭用品はフランクフルトです。各地の見本市を細かく回り、まだ日本で知られていない商品を発掘するのは楽しかったですね。

駐在時代には見本市などを巡り商品を発掘した(村田氏は右端)

駐在時代には見本市などを巡り商品を発掘した(村田氏は右端)

苦労もしました。つたないドイツ語と英語を使って「タカシマヤ」という会社を説明するのですが、大半のサプライヤーや職人は当然知らない。買い付け額も大きくないので、「いつ十分な量を買ってくれるんだ」と文句を言われたことも。日本式の「百貨店」というモデルは欧州にはないので、理解されるまで時間もかかりました。

■百貨店の醍醐味を学び今につながる。

そうした日々で、百貨店の役割や意義を肌身で感じたことは大切な財産です。それは「川上」に飛び込んで高品質な商品を見つけ出し、その価値やストーリーを顧客の方々に一つでも多く届けること。例えば、なぜマイセンが多くの人々に愛されているのかを説得力を持ってご説明し、買っていただくということです。

業界は新型コロナウイルスの影響などもあり厳しい状況ですが、私はこうした目利き力や面白さの提供こそが百貨店の競争力だと考えています。電子商取引(EC)の強化はもちろん重要ですが、顧客はバイヤーや販売員の知識や経験を信頼し、商品を購入してくださる。95年まで滞在したドイツでその根幹を学びました。

あのころ……

「小売りの王様」として長年流通業界に君臨してきた百貨店だが、バブル崩壊後その座は揺らぎ始める。市場規模は91年の9兆7130億円をピークに縮小に転じ、総合スーパーや専門店が徐々に台頭。消費行動の変化も背景に、業種の垣根を越えた競争が激しさを増していく。

むらた・よしお 85年(昭60年)慶大法卒、高島屋入社。労働組合委員長や柏店(千葉県柏市)店長などを経て13年執行役員、15年常務。19年から現職。20年5月からは日本百貨店協会の会長。東京都出身。
[日本経済新聞朝刊 2021年1月19日付]

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