ドイツの展示会参加を直談判 環境意識の差にガク然凸版印刷 麿秀晴社長(上)

凸版印刷は環境意識をアピール
凸版印刷は環境意識をアピール
■世界を見据え夜間に勉強。上長に直談判。

大学では高分子化学を専攻しましたが、入社から12年間、山形の営業所で包装材の営業をしていました。印刷業は典型的な受注産業なので、日々の成績に追われ、地元企業を回っては営業のやり方を学んでいました。ただ、学生時代から「技術力を核に世界でビジネスをしたい」と考えていたので、毎日の仕事が落ち着いた夜9時から、英会話の勉強をするのが習慣になっていました。

チャンスは12年目に到来しました。1990年にドイツで包装材の世界展示会が開催され、凸版印刷も取引先を連れて参加することになったのです。

通常なら包装材の担当役員が団長となり、東京と大阪の事業部が引率します。山形の一営業担当者である私が参加できる可能性はゼロに近い。そこで、当時の上長に「私を展示会に連れて行って勉強させないと、会社の損失になります」と直談判しました。

希望が通らない場合は自費で参加しようと考え、妻に頼んで70万円ほど工面してもらいました。

■海外勢との環境意識の差に危機感。
まろ・ひではる 79年(昭54年)山形大卒、凸版印刷入社。09年取締役、18年副社長。19年から現職。宮城県出身。64歳

役員に熱意を認めてもらい、展示会に参加できることになりました。世界の包装材企業や飲料メーカーが自社の技術を展示するなかで目の当たりにしたのは、環境配慮が世界標準になっている現実でした。

飲料大手の米コカ・コーラが展示した、傷だらけのボトルが印象に残っています。一度利用した後も、中身を入れ替えて何度でも使えるというアピールです。世界で求められていたリサイクル、リデュース、リユースの「3R」を象徴していました。

同時に、日本が世界の水準に遅れていることに危機感を覚えました。凸版印刷社内でも紙パックを再利用する議論は進んでいましたが、素材自体の開発は道半ばでした。90年時点では、日本の消費者と企業には環境意識が根付いていなかったのです。

■環境配慮型の素材開発目指す。

世界との差を痛感した私は、「東京本社で環境に優しい包装材を開発したい」と考えました。凸版印刷は当時、紙パックの内側などに貼ることで中身の劣化を防ぎ、瓶や缶を代替できる「GLフィルム」と呼ぶ素材の開発を進めていました。しかし人手不足が原因で開発は停滞しており、量産のめどは立っていませんでした。価格の調整も進みません。

役員の「こんな体制では迅速に開発できない。麿も入れよう」という一言で希望がかない、13年目に東京に異動しました。それから7年間、開発者としてこの素材と向き合うことになります。

あのころ……

1990年代の日本は、欧米を中心とした環境意識の高まりから取り残されていた。環境保護団体から批判を受けた米マクドナルドが90年、ハンバーガーの容器を発泡ポリスチレンから紙に変えると発表した。世界の潮流を受け、凸版印刷も環境配慮型の素材開発に注力した。

[日本経済新聞朝刊 2020年11月10日付]


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