「北斗の拳」原哲夫の劇画進化論 胸に情熱、人を信頼
「北斗の拳」「花の慶次」といった大ヒット作を通し、乱世をたくましく生き抜くヒーローをリアルなタッチで描いてきた漫画家の原哲夫(58)。今も劇画の創作と未来について考えている。
「北斗の拳」のケンシロウやラオウ、「花の慶次」の前田慶次といったキャラクターは、幾重にも重ねられた微細な線で造形されている。細部に至るこの「描き込み」が原の神髄であり、写実的で現実に即したドラマ性を持つ劇画の本質を表しているともいえる。
ところが、現在の漫画界を見ると、描き込み型の劇画調作品は少数派といえる。少年誌での女性漫画家の活躍からもうかがえるように、さっぱりした線の絵が好まれる傾向にあるようだ。濃厚で汗のにおいまで漂ってくるような原の作画とは対照的にみえる。
「中高生のころに愛読したながやす巧先生の『愛と誠』や、池上遼一先生の『男組』にしびれて劇画の道を目指した」と原は振り返る。1960~70年代にはスプレー式で描画・彩色するエアブラシといった道具を駆使し、徹底して写実的に描く「スーパーリアリズム」が隆盛した。高校卒業後は漫画原作者の小池一夫が主宰する「劇画村塾」で学んだが、劇画は徐々に下火になっていく。「絵をリアルに描くだけでは生き残れない」と考えた。
悩んだ末に見つけた己の武器は「デフォルメのリアル化」だった。漫画の誇張表現と、劇画の写実性を一つの絵で実現するというアイデアである。二律背反の難題に思えるが「僕の中では両者は共存できると思った」という。「例えば180センチの人を5メートルの巨人として描いたり、人の前と後側を同時に見たりする。『心の目』で見た、実際にあり得ない光景をどう違和感なく描くか」がポイントだった。
そういった誇張表現を用いても、リアルさを出すためには「実際にいる人物をモデルにして、2、3人の良いところを組み合わせるのが最も効果的」だと悟る。例えば「北斗の拳」の主人公ケンシロウはブルース・リーと松田優作をミックスしたキャラだ。
今はパソコンソフトなどで描く漫画家がほとんどだが、ペンにしか出せないアナログの味はある。込み入った線を数ミリ単位でずらし陰影などを出していく「描き合わせ」では数種類のペンを使い分ける。一方、デジタルでは濃淡が出しにくい。劇画はその違いが顕著に出るという。
「花の慶次」が完結したころ、週刊連載の描き手として体力の限界を感じ始めた。「劇画を週刊で描けるのは30代まで。描き終わった直後はコーヒーカップが持てないほど体力を消耗する。40歳のころは20代のキレのある線と全く違う」と愕然(がくぜん)とした。
40歳で大きく方針を転換。今は2000年に少年ジャンプの担当編集者だった堀江信彦氏らと起業した「コアミックス」で、後進の育成に力を入れる。「一人でやっていくのは限界、チームをつくる必要がある」と実感したからだ。
劇画への妥協なき姿勢は他人の作品でも変わらない。「大事なのは情熱。描き手の血と汗は誌面からでも伝わる」と強調する。「やっといけると思ったのは昨年から」。現在は3作の原作を担当し「月刊コミックゼノン」で連載中だ。
最近、「漫画の神様」といわれた手塚治虫の作品が人工知能(AI)を活用して「新作」として発表され、話題をまいている。原も13年ごろに研究者に話を聞いたことがあった。
「若い頃のように、頭の中でイメージしたことを正確に実現できるならば、AIが役立つのではと思った。AIに学習させれば、漫画家として長く生き残れる」とも。しかし、キャラをAIに造形させるまでのハードルは高く、活用を断念した。
AI活用を諦めると同時に「信頼できるのはやはり人だ」と確信した。「頭の中にあるものを具現化するには、気持ちのある人たちとチームで描いていくことが一番だと気づいた」
自身のもとで学んだ描き手が育っていけば、劇画の未来は明るいとみる。「劇画で育ち、ずっとこの道でやってきた。だからその灯を消したくない」
(村上由樹)
[日本経済新聞夕刊2020年5月11日付]
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