アジア新鋭監督の育成結実 東京フィルメックス20年

最優秀作品賞のペマツェテン監督「気球」
最優秀作品賞のペマツェテン監督「気球」

第20回東京フィルメックスは最優秀作品賞に中国映画「気球」を選び、1日閉幕した。アジアの新鋭監督を発見し、育成してきた映画祭の20年の成果が伝わる充実したプログラムだった。

最優秀作品賞にチベット出身の名匠ペマツェテンの「気球」。審査員特別賞に新人グー・シャオガンの「春江水暖」。新旧2人の中国人監督が賞を分けあった。

「変化に翻弄」描く

「気球」は一人っ子政策を進める1980年代のチベットを舞台にした、妊娠を巡る物語。両親の寝室にあったコンドームを風船にして無邪気に遊ぶ子供。近代化の波を感じながら、代々続く放牧生活を営む夫婦。仏教を深く信仰し、転生を信じる祖父。3世代の意識の変化を絡め、近代と伝統の相克を描く。ペマツェテンの一貫した主題だ。

図式的になりがちな主題を、ユーモアを交えて多面的に問い、鮮やかなラストに昇華する。既に2度最高賞を受けた監督だが、トニー・レインズ審査委員長は「映画表現の新たなレベルに達している」と評した。

審査員特別賞のグー・シャオガン監督「春江水暖」

「春江水暖」の舞台は近代化で変貌する杭州の川辺の街。老母の介護を巡る4兄弟の対立、それぞれの生活、子どもたちの結婚。そんな大家族の物語を現実の街を背景に、素人俳優を使い、四季を追って撮る。

中国社会の変化を悠然としたタッチで描く。頻出する長い横移動ショットは絵巻物を思わせた。「古典的な中国のスタイルを取り込みながら、現代の中国をとらえた」とレインズ。大学で服飾デザインを学んだ新人がいきなり雄大な野心作を撮るところに、今の中国映画の懐の深さがある。

スペシャル・メンションの2本は共にドキュメンタリー。カンボジアのニアン・カヴィッチ監督「昨夜、あなたが微笑(ほほえ)んでいた」は再開発で取り壊し寸前にあるプノンペン中心部の集合住宅の住人たちを追う。広瀬奈々子監督「つつんで、ひらいて」は装丁者、菊地信義の仕事を通して、紙による本作りを見つめる。

4作はいずれも押し寄せる変化に翻弄される人々、時に抗(あらが)う人々を描いた。それはこの20年のアジア映画の主たる題材でもある。初期のフィルメックスを先導した中国のジャ・ジャンクー、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンらが向き合った主題ともいえる。

「ふたりの人魚」で第1回の最高賞を受けたロウ・イエによる開幕作品「シャドウプレイ」もそうだ。広州中心部に残る古い街の再開発を巡る物語で、サスペンス映画の体裁をとりながら、改革開放が進んだこの30年のさまよえる中国人の感情の揺れを描き出した。

国際映画祭で評価

フィルメックスはこうしたアジア映画の流れを的確につかみ、新進監督を発見、育成してきた。ジャら2000年代の新鋭を支持し、彼らが育てた若手も紹介した。今年はカンボジアのリティ・パンが育てたカヴィッチ、フィリピンのブリランテ・メンドーサの助監督だったレイムンド・リバイ・グティエレスらの作品がコンペに選ばれた。

映画祭が培った人脈を生かして10年に始まった人材育成プログラム「タレンツ・トーキョー」の成果も大きい。カンヌで新人賞を受けたアンソニー・チェン、ロカルノで金豹(きんひょう)賞を得たヨー・シュウホアら、国際映画祭で評価される新人を輩出している。今年も修了生のカヴィッチの第1作、チェンの第2作が海外で評価され、コンペに入った。

監督たちとの強い信頼関係は映画祭の資産だ。スポンサー撤退で存続の危機に立った時も「企画をプレゼンした修了生が戻ってくる場がなくなるのは避けたかった」と市山尚三ディレクター。新人を発見する場から、育成する場へ。この映画祭は強く根を張っている。

(編集委員 古賀重樹)

[日本経済新聞夕刊2019年12月3日付]

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