ジュリーからキンプリまで 船山基紀が語る編曲の極意
流行歌の伴奏やイントロを作る編曲家として、沢田研二や田原俊彦からKing&Princeまで、数々のヒット曲を手掛けてきた船山基紀。歌謡曲の極意と令和のJポップの展望を聞いた。
都内の閑静な住宅地にあるマンションの一室が仕事場だ。パソコンで編曲し、オーケストラやバンドの音に仕上げる。「昔はスタジオにミュージシャンを集めて演奏してもらうしかなかったのに、今はここで何でもできてしまう」と語る。
近年は作曲家やシンガー・ソングライターの多くが同じ手法を採る。「便利ですが欠点もあります。1人でやるから作家の能力の範囲内の音楽しか作れない。昭和の歌謡曲は百戦錬磨のミュージシャンたちが120、150点に引き上げてくれましたが、1人では100点が限界なんです」
「今のコンピューターは優秀ですが、演奏家の息づかいまでは再現できない。僕はギターなどは人間の演奏に差し替えるようにしています」。予算の都合もあり、誰もがそうできるわけではない。「大衆はその違いを敏感に感じ取っているのかもしれません。だから近年、CDが売れない一方で、ライブは人気を集めているのだと思います」
冒頭が命の歌謡曲
1970年代後半、数々のヒット曲に携わる中で、歌謡曲の鉄則をたたき込まれた。「イントロが命。冒頭5秒間、数小節で聴き手をくぎづけにしなくてはいけない。えっ?と驚かせ、次にどんなメロディーが続くのかと期待感を抱かせないと(テレビの)チャンネルを回されてしまう」
例えば、渡辺真知子の「かもめが翔(と)んだ日」は「ハーバーライトが朝日にかわる」と歌い出す前に、ピアノの旋律が駆け上がる2小節のイントロをつけた。
「いきなり歌から入ってもいいのですが、日本でヒットするには何かくっつけないといけない。しかも耳に残り、分かりやすく、ほかにないものでなければ」
ポピュラーソングのイントロは本編から流用するのが常道だが、日本の歌謡曲の編曲家、特に船山はそれを避けてきた。「本編と脈絡のないイントロを量産した国は日本ぐらいだと思います。もう1曲作曲していたようなものです」
クリスタルキングの「大都会」には、同じフレーズを繰り返す印象的なピアノのイントロをつけた。「曲名をヒントに、都会の無機質な感じをイメージして作りました」と振り返る。
大ヒットメーカーの作曲家、筒美京平とは何度もタッグを組んだ。「アイドルが歌う時は隙を作るな。繰り返しそう言われました。それで音の隙間を作らず、歌をもり立てるようにしました。逆に五輪真弓さんのような歌唱力で勝負する歌手の場合は、むしろ隙を作って情感を聴いてもらわなくてはいけません」
筒美との作品の一つ、稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」は洗練された都会的なサウンドで、稲垣を一躍スターに押し上げた。「当時流行していたフュージョンに感化されました。僕はいつも後追いなんです。アーティストは最先端を行く必要がありますが、歌謡曲は早すぎてもいけない。一歩遅れるぐらいで、ちょうど世間の波と合うんです」
「歌謡曲は洋楽とは違う」と強調する。「僕は日本人の好きなメロディックな音楽に寄り添ってきました。例えば弦楽器の伴奏にも歌えるメロディー、いわゆる泣きの部分を入れるようにしたのです」
じっくり聴く時代
令和のJポップも、基本は昭和と変わっていないという。「米津玄師、あいみょんらのヒット曲には、リズミックであっても、必ず日本人好みの泣きのメロディーが入っています」
「今は一瞬で心をつかむイントロが必要とされる時代ではありません。終わりまでじっくり聴かれるようになり、音楽的に良い傾向だと思いますが、また昭和的な作りの歌が求められる時代が巡ってくるかもしれません」と語った。
(編集委員 吉田俊宏)
[日本経済新聞夕刊2019年11月25日付]
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