日本初データサイエンス学部に潜入 教科書超えて学べ
滋賀大学

データサイエンティストの育成を目指し、日本で初めて滋賀大学に2017年に誕生したデータサイエンス学部。今年は1期生が3年生になり実践的な勉強が始まった。初めてゆえに教える側も教わる側も手探り状態。この分野の第一人者、河本薫教授とゼミ生となった12人の春学期の成長の歩みを追う。
「データの整理をもっとロジカル(論理的)にしないと」「もっと掘り下げて」「もう少し納得感がほしい」
7月23日午後に開かれたゼミ生の「チョコレート4ブランドの売り上げ増の提案」の成果発表会で、厳しいコメントが容赦なく学生たちに浴びせられた。指摘するのは調査会社インテージホールディングスと電通の社員。マーケティングやデータ分析のプロばかりだ。それでも最後は「楽しく取り組んだのが伝わってきた」「(分析の)流れはよかった」と温かいコメントをもらい、緊張気味の学生の表情が緩む。「分析が好きになった」と語る学生もいた。
マーケティングデータ会社と連携し、実業のデータ扱う

生まれたばかりのデータサイエンス学部では、スーパーやコンビニなどから収集される膨大な商品の販売データや消費者の意識調査などのデータは持ち合わせていない。しかし同学部の創設の意義は「ビッグデータを処理、分析し、新たな価値を生みだすことのできる人材を育てることを目的としている」(竹村彰通学部長)。大学の限界を補うためには実業の世界のデータが必須となる。
そこで滋賀大は日本最大のマーケティングデータを持つインテージと産学連携協定を3月に結び、データの提供やデータサイエンティストの社員を講師として派遣してもらえることになった。第1弾として学生にもなじみのあるチョコレートが教材に決まった。
河本教授は大阪ガス出身。ビッグデータを駆使して製造現場の不具合を未然に防いだり、経営陣に対して不確実性要素が高まるエネルギー事業への適切な意思決定の資料を提供したりしてきたが、ブランドのマーケティングデータを扱うのは今回が初めて。スタートはゼミ生と同じだ。
4月から始まった河本ゼミ「データサイエンス実践価値創造演習」では3人が一組となり、1つのチョコレートブランドの販売傾向を分析する。競合ブランドの把握、購買者の属性(性別、年齢、家族構成など)、購入場所、ブランドの認知やイメージ、購入意欲といった実際にメーカーや広告会社がマーケティング分析で活用するリアルなデータだ。
学生は2年生までにプログラミング、統計、社会調査、応用数学などを学んできてはいるが、膨大なデータを分析手法に落とし込む経験はなかった。ゼミの初日、自己紹介を兼ねた決意表明では学生の多くが「データに触れることへの期待」を口にしたのは不安の裏返しでもあった。
「実生活で考えてみたらどうや」
週1回のゼミではデータの取り扱い方などの講義に加え、データ分析で頻繁に使われるプログラミング言語「Python(パイソン)」で分析方法を学ぶ。だが学生はマーケティングの宝の山のようなデータを前にして立ちすくむ。
対象ブランドや競合ブランドを比較しても「気づき」がなかなか見つからない。ある気づきを説明するために仮説を立てるが深く検証していくと、整合性がとれなくなる。「破綻の繰り返しだ」と天を仰ぐ学生もいる。
隘(あい)路に迷い込んだ学生たちに河本教授は「自分の実生活で考えてみたらどうや」とアドバイス。多彩なデータだけで実生活を再現しようとするデータドリブンに警鐘を鳴らしたのだ。
講義で用意されたデータだけでは実像をつかめないと考えた学生たちは自らアンケートをしたり、SNS(交流サイト)から消費者の声を拾ったり、公的な生活者の意識調査を探してきて分析手法の幅を広げた。
戸惑い気味だった学生たちがデータだけでなく消費の現場に目を向けて動き出したのが5月下旬から6月上旬あたり。6月4日に途中経過の発表会があったころだ。「分析と次の分析がつながり、ロジカルシンキングができてきた。いろんなチョコ売り場を見て、チョコも買っていた」(加藤有紗さん)
あるチームはターゲットとなる消費者像を作り上げるためにペルソナ分析などを用いて仮想の人物を浮き上がらせた。木村エリカさん、33歳の独身。一人暮らし、年収380万円、自己主張が強く、インスタグラムを頻繁に使う。本当に実在するような感覚になるくらいだった。
問題意識が深まれば河本教授への質問のレベルが上がるのは当然だ。そんな時、河本教授はこんな言葉を繰り返していた。「データ処理をして出てくる結果は形式知にすぎない。それは演習問題です。データに縛られるのではなく、考えもしなかった暗黙知を探すこと。そう思わへん」。禅問答のようにも聞こえるが長年、データ分析をしてきたからこその重い言葉だろう。
データを自分で探しに行くことの重要性も実感
最終発表を1週間後に控えたゼミ(7月16日)では、まだ気づきが弱く、販売施策の提案のイメージが思い浮かばないチームがあった。河本教授のアドバイスはこうだった。「商品の真の特徴は客のみぞ知る」。
この言葉は学生たちに刺さったようで、改めてSNSなどから消費者の声をたぐり寄せながらなんとかプレゼン資料をまとめ上げた。「中間報告からはかなりブラッシュアップしている」と評者からねぎらいの言葉があった。
「単なる分析ごっこではない。自分で課題を見つけて提案を考えること」を目標にしてきた15回に及ぶ演習。あるチームは最終発表で「プレゼントのお返しとして位置付けるチョコ」という提案をして実務家をうならせた。
河本教授は演習を振り返って「教科書には書いてない、だからこそ学ぶ価値がある」と語る。学生からは「与えられたデータから分かったことの多さと、もっと知るためにはデータを自分たちで探しに行く大切さがわかった」と手応えを感じ取ったようだった。
河本ゼミでは今後も実社会で用いられているデータを中心に実践的な勉強をしていく。
生まれたばかりのデータサイエンス学部の1期生。データがあふれる現代社会から求められる人材と言われながらも先輩がいない不安を感じているのだろうか。「データサイエンティストとして一つの武器があるから自分を作っていけそうです」。森口翼君の言葉が印象的だった。
(編集委員 田中陽)
[日本経済新聞朝刊 2019年7月31日付]
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