落谷氏らは、14年から国立がん研究センターが保存する数万人分のがん患者の血液で効果を確かめた。乳がんで5種類、胃がんで4種類といったように、各臓器のがんで鍵を握るマイクロRNAを特定することに成功。遺伝子解析チップで、マイクロRNAの血液中の量を測ることで各がんを発見できるかを調べた。

この結果、多くのがんを「ステージ(進行度)にかかわらず95%以上の感度で検出できた」(落谷氏)。ステージゼロと呼ばれる、粘膜内にとどまり内視鏡で切除できる早期がんも見逃さなかった。「便潜血検査でも見つかりにくい場所にできる大腸がんも、精度良く検出できた」(加藤医長)という。

新たにがんと診断された3000人の血液でも精度を確かめた。この結果をもとに、研究に参加した企業が、検査キットの製造販売承認を19年内にも厚生労働省に申請する。承認されれば、20年にも一般の人の検査に使えるようになるかもしれない。

落谷氏は、人間ドックなどの健診で受けられるように関連機関などと話を進めているという。当面は数万円の費用がかかりそうだが、将来は公的保険が適用されて安くなる可能性もある。

この検査はがんの発見に加え、がんが疑われたときに精密検査をするかどうかの判断材料にも使えそうだという。例えば前立腺がんでは、腫瘍マーカーが陽性だと前立腺に針を刺して組織を取る生検をすることがある。血尿が出るなど苦痛を伴う検査だ。マイクロRNAを使えば腫瘍マーカーが陽性でも「がんのリスクが低く生検を省ける人を見分けられる可能性がある」(落谷氏)。

現状ではがんと良性病変を区別できないケースもある。人工知能(AI)で数百種類のマイクロRNAを解析することで解決できる可能性があるという。

採血さえ不要な、尿からがんを発見する技術の開発も進んでいる。実はマイクロRNAは血液だけでなく、尿や涙などさまざまな体液に含まれる。これに着目し、尿中のマイクロRNAでがんを発見する技術を名古屋大学発スタートアップのイカリア(東京・文京)が開発中だ。尿に含まれるマイクロRNAは血液中よりも少ないため、これを捉える構造のチップを独自開発した。大阪大学と研究を進めており、肺がんなどを高感度に検出できているという。

微生物の一種の線虫を使って尿からがんを発見するアイデアもある。HIROTSUバイオサイエンス(東京・港)が開発を進めている。線虫はがん患者の尿の臭いに引き寄せられる性質があり、これを利用する。医療機関と協力して約1400人分のがん患者の尿で検証した。胃がんや大腸がんなどを90%前後の精度で検出できたという。

これらの技術は20~21年ごろの実用化を目指している。大規模な臨床研究などで有効性が証明されれば、がん検診の項目に加わる可能性もある。

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がん検診の受診率向上に期待

がんは40年近くにわたり日本人の死因のトップだ。それにもかかわらず、日本のがん検診受診率は低い。例えば乳がん検診の受診率は、欧米の60~80%に対し日本は40%程度。マンモグラフィー(乳房X線撮影)や内視鏡検査など、被曝や痛みを伴う検査が多いことが背景の一つだ。血液や尿でがんの可能性が分かれば「がん検診のあり方が大きく変わる」(国立がん研究センター中央病院の加藤医長)と期待される。

ただし、自治体などが実施するがん検診に組み込むためには課題もある。新しい検査法が「死亡率低下につながるかなどのエビデンス(証拠)が必要」(落谷客員研究員)という点だ。血液中のマイクロRNAを使うがん検査では、全国の自治体と協力して長期間にわたる研究を進める考えだ。

血液や尿を使う検査は将来、がん以外の病気にも応用できる可能性がある。「マイクロRNAは認知症や脳卒中の発症を予測するマーカーとしても有望だ。その可能性を示す研究結果が得られつつある」(落谷客員研究員)という。

(大下淳一)

[日本経済新聞朝刊2019年6月17日付]

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