「バスク」で人気再燃 チーズケーキと五輪に深い縁?

レア、ベークド、スフレ。最近は「バスク」で人気が再燃しているチーズケーキ。今ではすっかりスイーツの定番だが、日本でどう生まれ、広がっていったのだろう。
「バスクチーズケーキ」が1日1000個売れる専門店「ガスタ」(東京・港)。5月下旬の午前8時には既に、9時の開店を待つ人がいた。
バスクはフランスとスペインにまたがる地域。スペイン側、美食の街と呼ばれるサンセバスチャンのバル「ラ・ヴィーニャ」のチーズケーキが世界中の人を呼び寄せる。
ガスタのシェフ、戸谷尚弘さんもその一人。「こんなにおいしいものがあるんだという喜びと、作れない悔しさとで、自分の中の何かが打ち砕かれた」。作り方を知りたいと頼むも断られ続けた。それでも諦めきれずに足を運んだ時、突然「厨房に入りなさい」。レシピを伝授された。
特徴はその食感。焼き色はしっかりで、口に入れるととろとろ。特別な材料は使っていないが「ポイントは配合。そして冷まし方。オーブンから出した後、熱伝導の低い木の上で3時間以上かける」。
昨年7月開店のガスタを皮切りに、都内では続々と「バスクチーズケーキ」を扱う店が登場した。今年3月にローソンが「バスチー」を発売し、3日で100万個、2カ月で1300万個を売った。

チーズケーキの起源は諸説ある。お菓子の歴史研究家の猫井登さんによると、古くは約7000年前にポーランドで食べられていた記録や、古代ギリシャの「トリヨン」が原型との説がある。トリヨンはチーズに卵や小麦粉を混ぜ、ゆでたもの。「紀元前776年の最古のオリンピックで選手に供されているという。選手村の食事の一種だったのではないか」と猫井さん。
日本で一般的に広まるのは1960年代。きっかけは69年、洋菓子大手モロゾフの発売だ。当時の社長が、製菓用機械の買い付けで訪れたドイツの喫茶店で食べたチーズケーキに衝撃を受け、開発した。クリームチーズをふんだんに使った生地を焼き上げた「ベークドチーズケーキ」の味はずっしり濃厚だ。
歴史的には「レアチーズケーキ」が一足早かったかもしれない。65年にトップス(東京・中央)が発売した。ベークドと違い、レアチーズケーキ自体は日本発祥ともいわれるが、当のトップスは「よく聞かれるんですが、発祥かどうか分からないんです」(小林英樹部長)。真相は謎だ。
より起源が確からしいのが「スフレチーズケーキ」だ。卵白を泡立てたメレンゲを生地に混ぜて焼くため、口当たりはふわふわ。69年、当時大阪市にあった「ホテルプラザ」料理長の安井寿一さん(故人)が開発したとされる。
安井さんに師事した「ショコラティエ パレドオール」のオーナーシェフ、三枝俊介さんは「『ここにしかないものを』と、しっかりした味わいと軽い食べ口の両方にこだわり、完成まで相当失敗を重ねたようだ」と話す。海外で「ジャパニーズスタイル」と呼ばれるスフレ。生みの親の熱意が通じたかもしれない。
歴史をさらに遡れないか。まるたや洋菓子店(浜松市)の会長、望月まさ子さんが「うちは64年に(ベークドを)発売しています」。前回の東京五輪の年。レシピは五輪招致に尽力した大河ドラマ「いだてん」の主役、田畑政治さんの娘が、米国へのホームステイでオランダ人から教わったという。望月さんは創業者の秋田一雄さんの娘で「母の叔父が田畑政治です」。
最古の五輪。前回の東京五輪。来年は再び東京五輪。チーズケーキと五輪には不思議な縁があるのかも。今の時期の開店はオリンピックを見据えてだろうか。ガスタの戸谷さんに尋ねると「まったく意識してないですね」。一笑に付されてしまった。
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「スイーツの都」パリでは…

スーパーの成城石井の「プレミアムチーズケーキ」は同社が扱う約1万アイテムの中で売り上げ1位。日本ではスイーツの定番となっているチーズケーキだが、海外は少し事情が違うようだ。例えば「スイーツの都」のようなイメージもあるパリ。猫井登さんによると、ケーキ店でもチーズケーキはほとんど扱っていない。猫井さんは「フランスでは食後の楽しみがチーズとデザートと2つある。チーズケーキだと楽しみを1つ奪うことになるから」とみる。
三枝俊介シェフは「ショートケーキなどと同様に日本人の嗜好に合わせて進化した」と話す。チーズケーキのおいしさを一番知っているのは日本人なのかもしれない。
(井土聡子)
[NIKKEIプラス1 2019年6月15日付]
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