潮目変わるか万能食材クジラ 商業捕鯨30年ぶり再開
7月から商業捕鯨がほぼ30年ぶりに再開される。南極海などでの調査捕鯨はやめ、排他的経済水域(EEZ)内でクジラを捕る。よりおいしく安く食卓に届くのか。鯨肉は今「普通の食材」になるか否かの瀬戸際に立っている。
まずは久しぶりにクジラを食べてみたい。捕鯨が生活に根付く和歌山県太地町を訪ねた。海辺の宿「白鯨」のコース料理には見たこともない皿が並ぶ。最高級とされる尾の身(尾の付け根)と鹿の子(顎の付け根)の刺し身。尾の身は上品な脂が舌の上で溶ける。大トロか和牛に近い。
はりはり鍋や竜田揚げなど昔ながらの料理に加え、赤肉や皮のカルパッチョはワインにも合いそうだ。パッケリという大きめのパスタに鯨肉のミンチと香味野菜を詰めた料理も昨年からランチで出す。フレンチ出身の山城弘嗣料理長は「多彩な料理に合う鯨肉の底力を知った」と話す。
鯨肉の消費量は、調査捕鯨の期間にほぼ重なる平成の30年間で年5千トン前後に減った。現在はピーク時(1965年)の50分の1程度で馬肉の半分以下。その少ない消費を担うのも、かつて給食で鯨を食べていた世代が中心だ。今後は若者が食べない限り、鯨肉は食卓から消えていく。
太地町では中学校の家庭科で、甘辛いタレに竜田揚げを漬けた「鯨スタミナ丼」の調理を教える。クジラの調理人でもあり、町役場で水産業を担う竹村直也さんは「クジラはごく普通の食材。20以上の部位を料理に合わせ使い分け、子供もおいしく食べられる」と話す。生でも煮ても焼いてもおいしい万能食材だ。
そのスタミナ丼は2017年に開業した道の駅「たいじ」でも若者を引き寄せる。鯨焼肉定食や鯨カツカレーなど、昨年1年間で鯨肉メニューだけで1万6千食以上を販売した。「予想以上の売れ行き」(運営を担う太地町漁業協同組合の貝良文参事)だ。
調査捕鯨をやめれば新鮮な鯨肉が出回るようになる。「商業捕鯨ならば脂の乗った上質のクジラだけを狙える。他の魚と同様すぐに内臓を取り、冷やすこともできる」(貝参事)からだ。調査捕鯨の30年間、飲食店やスーパーで扱う鯨肉の3分の2は調査後の"副産物"だったが、今後は純粋な食材として扱われる。
鯨肉の価格は従来、補助金や調査費用との関係で、純粋な需給と別に決められてきた。今後は補助金も減る見通しだ。調査捕鯨を担ってきた日本鯨類研究所のガブリエル・ゴメス・ディアス広報課長は「30年間の価格ありきのいびつな市場がクジラ離れを招いた面もある。これからの市場は消費者がつくる」と話す。
水産庁は沿岸と沖合の商業捕鯨としてイワシ、ニタリ、ミンクの3種を新たに認めた。資源管理のデータを基に6月にも種別や水域別に捕獲枠を公表する。牛や豚のように品種や部位を消費者が選び、人気があれば高い値段が付くという当たり前の市場ができる可能性が出てきたのだ。
世界の魚の生産量は近年養殖が漁船漁業を逆転し、主流になっている。水族環境学が専門の江口充近畿大学農学部長は「餌やフンの処理技術や費用面で課題は多いが、クジラを養殖できれば個人的には素晴らしいと思う」という。
太地町の森浦湾では約100頭のクジラやイルカを飼育する。総務課の和田正希さんは「養殖計画はないが、繁殖させて海に戻す研究は進めていく」と話す。クジラがマグロ並みの人気食材になれば、養殖の時代も訪れるかもしれない。
ノルウェー鯨肉を輸入・販売するミクロブストジャパンは鯨研の委託で、6月にも鯨肉のネット販売を始める。鯨肉の冷凍・解凍法や「ローストホエール」など新しい調理法も無料で公開する。志水浩彦社長は「令和の時代は鯨肉が当たり前の食材として若い世代にも食べてもらえる鯨元年にしたい」と意気込む。
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イルカとの違い、体長だけ
クジラとイルカの違いは体長だけだ。体長4メートル以下のクジラをイルカと呼ぶ。太地町では今も、反捕鯨団体が漁の妨害にやってくる。海外の団体が中心だが、数年前から日本の団体も抗議に来るようになったという。「クジラはともかく、かわいいイルカを殺して食べるなんて残酷だ」という声は少なくない。
太地町では「食料としてクジラとイルカを区別はしていない」(クジラの調理人でもある町役場の竹村直也さん)。品種や部位で料理を工夫する。アジやサンマはかわいくないから殺されてもいいわけではないだろう。食材として生き残るか。その視点で冷静に見つめていきたい。
(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2019年5月25日付]
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