エンタメ!

エンタな話題

平凡な表現を刺さる言葉に変換 創作はかどる類語辞典

2019/4/9付 日本経済新聞 夕刊

「優しい」「わたし」といった日常語をもっと気の利いた表現で伝えたい。ネットに文章が氾濫する時代、見知らぬ人の心を捉え、ぐっと刺さる表現を教えてくれる辞典が売れている。

「うーん、何かもっとピッタリの表現はないか」。ゲームのシナリオライターとして活躍する沢木褄氏はいつも頭をひねっている。20人近いキャラクター一人ひとりの個性をどうプレーヤーに伝え、楽しんでもらうか。一人称が「わたし」「ぼく」「おれ」ばかりではどうも面白くない。そこで傍らの「ことば選び実用辞典」(学研プラス)をひもとくと「小生」「愚僧」などが目に留まった。

■累計50万部発行

2003年に初版が出た同書のシリーズ累計部数は50万部を突破。広辞苑など著名な辞典を例外とすれば、異例の大ヒットだ。16年ごろから交流サイト(SNS)のツイッターなどで話題になり、シリーズ化が決定した。これまでに計7タイトルを刊行している。

18年には人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」とコラボ。主人公の碇シンジや綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレーらが表紙を飾り、エヴァの主要なテーマでもあった「他人に自分の思いが伝わらないもどかしさ」がこの辞典で解消できる、とアピールする。

主なターゲットは小説や漫画などを発表する同人作家たち。同人作品の裾野が広がり、商業作家に引けを取らない人気作も目立つ中、語彙や表現の幅を広げたいとの要望にこたえた。キーワードから適切な語句を探し出せるように索引を充実。編集にあたり創作者の視点を心がけたという。

一般の人がツイッターやフェイスブックなどの投稿に役立てようと、購入する例も多い。担当編集者の田沢あかね氏は「すてきな言い回しは、ネットの類語検索でも意外と出てこない。灯台もと暗しだが、良い文章を書きたい時には辞典が便利」と話す。

書店では辞典コーナーだけでなく、目立つレジ横などにも置かれ、アニメグッズ専門店も扱う。「普段辞典を使わない人も気軽に手にとってもらいたい」と田沢氏。森川聡顕編集長は「辞典はこれまで語彙数で勝負だったけれど、丁寧に切り分ければ読者に近づけると実感した」と明かす。

■脱・決まり文句

米国の小説家やシナリオライターらの間でベストセラーとなり、日本語訳された「類語辞典」シリーズ(フィルムアート社)は、より実践的だ。人物描写を助ける「感情類語辞典」「性格類語辞典」など、15年から5巻を順次刊行。累計部数は12万部に達した。英語圏の作家2人が同業者向けに開設したウェブサイトが発祥で、中国や韓国などでも翻訳されている。

フィルムアート社は、原著に忠実に翻訳したという。例えば「場面設定類語辞典」のコンビニエンスストアのページを開くと「モーターオイルや芳香剤などの車用品が棚に並び、ガソリンの匂いがする」という説明がある。日本のコンビニとはややイメージが異なるものの「海外作品に接する機会が増えた今の時代、なじみのない場面でも読者は親しめるはず」(担当編集の田中竜輔氏)。

もともと映像芸術や翻訳書に強い同社が辞典を出したのは初めて。米国では以前から、脚本や小説を書くためのメソッド(指導法)本が充実している。日本でも作家や脚本家、ライターらの反響が大きいという。

このような辞典が相次ぐ理由として、誰でも気軽に大量の情報を発信できるようになり、決まり切った言い回しが日常生活にあふれている環境がある。『紋切型社会』(朝日出版社)でそういった世相を鋭く斬ったライター、武田砂鉄氏は同書の中で「そんな言葉が溢れる背景には各々の紋切型の思考があり、その眼前には紋切型の社会がある」と警鐘を鳴らす。

1億総発信者となった現代。言葉を磨き上げることで、より多くの人とつながり、認められたいという願望はますます募っていきそうだ。

(村上由樹)

[日本経済新聞夕刊2019年4月9日付]

エンタメ! 新着記事

ALL CHANNEL