麺のうまみかみしめる 硬派の頂、富士吉田のうどん
山梨県富士吉田市のホームページトップにある「ムトウ踊るマハラジャ ここがうどんの極楽浄土」のバナー。ここをクリックすると吉田のうどんのPR動画が始まる。映画「ムトゥ踊るマハラジャ」のパロディーで、地元出身のプロレスラー武藤敬司がサリーをまとった謎の女から「硬いうどんなんて古い」と挑戦状をたたきつけられる――。
吉田のうどんの最大の特徴は硬さだ。硬いというと讃岐うどんのようなもちもち感を想像するかもしれない。区別は難しいが、山梨学院短大食物栄養科の鈴木耕太専任講師は「吉田のうどんは弾力が、讃岐うどんは粘りが強い」と説明する。讃岐うどんはのどごしを楽しむ。これに対し、小麦粉のうまみを存分に味わうためにしっかりかんで食べるのが吉田のうどんだ。
「硬いのではない。コシがあるのだ」と胸を張るのが、桜井うどんの三代目桜井竜太さん(40)だ。硬いというのはかむと裂けたり割れたりする感触で、弾力が感じられるのがコシという。「特に工夫なんかない」と作り方も味もいたってシンプル。朝4時からその日に使う麺を作り始める。全身を使って思いっきり力を込めて小麦粉をこねる。メニューは1種類。「温かい」「冷たい」を選ぶだけ。注文するとものの1分で出てくる。吉田のうどんにはつきもののゆでキャベツは桜井が始めた。かむのに力がいるが、一口かむごとに小麦粉の風味が口の中いっぱいに広がる。
鍋バーグ、キーマ、ナポリタン……。意外なメニューがしゅんちゃんちの売りだ。のれんもない普通の一軒家。土鍋に入った鍋バーグはうどんの上にひき肉がのったドリア風。とろりと溶けた3種類のチーズが香ばしい。ナポリタンは昭和の雰囲気。しゃきしゃきしたタマネギの歯応えがうどんの硬さとマッチする。
一番若い人が作っているのがひばりが丘高校うどん部だろう。部活動と侮るなかれ。地元スーパーのセルバに日曜日昼限定(試験期間を除く)で店を出している。「最強カロリー、最凶グルテン」という怪しげなコピーは5玉うどん。バケツのような大きさのどんぶりに圧倒される。麺が他店より少し細いようで、肉も軟らかく食べやすいとはいえ、よほどの健たん家でない限り並で十分だ。
ふじよしだ観光振興サービスが作るうどんマップに載る会員の店は約50軒。後継者不足でこの7年間で10軒以上減った。うどん部の1年生の宮下せいかさんは卒業したら店をやりたいと目を輝かす。目標は「讃岐うどんより有名に」。富士山の麓で日本一を目指す、その意気やよし。
吉田のうどんは男が作るから硬い。郷土史に詳しい富士山世界遺産センターの堀内真学芸員によると、かつて富士吉田市は織物産業が盛んだった。機を織るのは女性。繊細な絹に触れるときに、荒れた手が糸に引っかかったり、あかぎれでにじんだ血で糸を汚したら大変だ。そのため炊事は夫が担当し、足で踏むなど力を入れてこねるために硬くなった。買い付けに来る人にもふるまわれるようになって評判が広がっていった。織物がすたれてくると、うどん屋に衣替えするところもでてきた。
(甲府支局長 三浦秀行)
[日本経済新聞夕刊2019年3月14日付]
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