肉のうまみとパプリカの辛さ トルコの朝はベイラン
トルコ南部の中心都市ガジアンテプの食堂、メターネット。早朝からやって来る客の目当ては子羊の骨付き肉を煮込んだスープを使った郷土料理「ベイラン」だ。脂、米、ほぐした肩肉を銅製の器に盛り、スープを加えて強火で一気に仕上げる。日本人の感覚では、さながら肉雑炊。肉のうまみにパプリカの辛さとコショウ、ニンニクの刺激が重なる滋味あふれる一皿だ。
メターネットは市内に数十もの専門店がひしめくきっかけを作った店だ。店名はトルコ語で「忍耐」の意味。店主のムスタファさん(70)は「ベイラン作りは我慢が求められる」と説明する。スープの仕込みに毎日12時間、肉から丁寧に血管を取り除くのも根気がいる。もともと市内の老舗レストラン「イマーム・チャーダシュ」で働いていたが、同店がベイランをメニューから外すと決めたのを機に、1975年に独立した。
当初9~4月の季節限定だったが、メディアを通じて人気が高まり、通年で出すようになった。平日は平均300杯、週末はその倍が売れる。たいていは午後6時の閉店を待たずに売り切れるという。
トルコ国内でベイランはスープ料理として紹介されることもあるが、地元の定義は異なる。ガジアンテプ市が食文化発信のため運営するムトファク・サナトラル・メルケジ(MSM)の料理人、ジュマさん(31)は「一皿で満腹になる。間違いなく主菜だ」と強調する。
ドゥカトは世界有数のモザイク美術のコレクションを誇るゼウグマ・モザイク博物館近くにある。店主のハールン(46)さんはメターネット出身。「ケレパチャ」をニンニクとスパイス増量で注文した。基本的な作り方は同じだが、ベイランと違い米が入らない。羊の頭を煮込んだスープを使い、舌や脚の肉が入る。
午前2時まで営業し、家族連れから「締めの一杯」を求める酔客まで幅広い支持を集めるのがケレベキだ。一家4人で訪れたアリさん(49)は「週に一度は食べないと元気が出ない」と話す。同店も頭、脚、内臓など客の好みに応じ様々な部位を出す。
ベイランなどが広く愛されている背景には、日本のホルモン料理に通じる家畜1頭を余すところなく食べようとする地域の食文化がある。古代シルクロードが通り、現代では食品加工業などが発展した。勤勉な土地柄だけに、腹持ちのよいベイランが朝食として好まれてきた側面も見逃せない。
ローマ、ビザンツ、オスマンなど各時代の歴史遺産探訪と「ユネスコ食文化創造都市」に認定された食文化を同時に楽しめるのがガジアンテプの魅力だ。肉料理のケバブやベイランだけでなく、特産のピスタチオをぜいたくに使った「カトメル」や「バクラバ」といった甘味も人気を集める。
ちなみに元の都市名はアンテプ。第1次世界大戦後の近代トルコ建国に至る独立戦争でフランス軍の包囲に抵抗した功績を記念し、国会が戦士を意味する「ガージ」の称号を贈った。
(イスタンブール支局長 佐野彰洋)
[日本経済新聞夕刊2019年2月21日付]
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