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私の課長時代

部下わずか2人の特命課長、赤字事業を立て直し コスモエネHD社長 桐山浩氏(上)

2019/1/22付 日本経済新聞 朝刊

コスモ石油の四日市製油所=PIXTA

■コスモエネルギーホールディングスの桐山浩社長(63)は、規制緩和を機に合理化に取り組む。

1979年に入社してからガソリンの需給バランスを見極める需給部に長く在籍しました。石油元売り業界は規制で守られており、価格は安定し需要も伸びていたのでガソリンや灯油を作れば売れる時代。社内では製造部門に比べて地位は低かったです。

92年から経営戦略を考える企画部に異動。その後、政府が規制緩和を打ち出し、96年に商社など元売り以外もガソリンを輸入できるようにしたことで状況が一変。価格競争が激化して収益が大幅に悪化。合理化案の策定に奔走することになったのです。

■赤字に苦しむ潤滑油事業の分社化を進めた。

きりやま・ひろし 79年(昭54年)京大工卒、大協石油(現コスモエネルギーホールディングス)入社。17年から現職。兵庫県出身。

企画部は所帯が大きいので、同期が課長になっていくのを横目にいつまでも一兵卒でした。見かねた上司から「部にプロジェクトグループをつくって課長にする」と言われました。私は「一兵卒が合っています」と断ったのですが、辞令が下りました。部下はわずか2人。まさに私を課長にするためのグループでした。

与えられた任務は不採算の潤滑油事業の立て直しでした。潤滑油は価格競争が激しく構造的に赤字体質でしたので、分社化して自立した経営をする他はないと考えました。社長に提案したところやってみろと承認され、1年かけて分社化を実現させました。収益構造が明確になり、徹底的にコストダウンをすることで黒字になりました。

■元売り各社の再編が相次ぎ、コスモも提携先を探すことになる。

1年でプロジェクトチームは解散になり、98年に企画渉外グループ長になりました。自社の株価が100円を下回るなど経営陣には危機感が高まっており、どの企業とM&A(合併・買収)をすればメリットがあるのかを分析する仕事を任されました。

99年4月に日本石油と三菱石油の合併で誕生した日石三菱との提携案もその一つでした。社長の経営判断で、わずか6カ月後の10月に精製と物流分野で提携を結びました。提携はファーストステップで後に統合という思惑が社長同士にはあったかもしれませんが、時間がたつにつれて統合話は聞こえなくなりました。

あのころ
1996年の規制緩和で石油元売り企業以外にも石油製品の輸入が認められた。消費者にはガソリン価格が大幅に下がる恩恵がある一方、石油元売り業界の経営は厳しくなった。大幅なコスト削減や合理化は避けられず単独での生き残りは限界を迎え、業界は再編の道を突き進む。

[日本経済新聞朝刊 2019年1月22日付]

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