保険適用広がるロボット手術 得手不得手を知る
米インテュイティブサージカルの手術支援ロボット「ダヴィンチ」による心臓病や胃がんなどの12種類の手術が今年4月、保険適用となった。普及に弾みがつきそうだが、腕の悪い医師でも上手に手術できるようになるわけではない。ロボットには得手不得手もあることを知っておきたい。
ダヴィンチは外科医の代わりにはならない。多関節アームを備えた本体や制御装置からなり、遠隔操作できる腹腔(ふくくう)鏡手術などの「支援システム」と言った方が正確だ。
保険の適用拡大
ダヴィンチの手術で保険適用だったのはこれまで前立腺がんと腎臓がんだけだったが、胃や肺、腸、子宮のがんや心臓病の手術などが加わった。指導医レベルの医師がおり、十分な症例経験があるなどの基準を満たしていることが条件だ。
ニューハート・ワタナベ国際病院で心臓手術に立ち会った。まず、患者の脇腹付近4カ所に、アームを入れるための約1.5センチメートルの切り込みを入れた。
準備が終わるとロボット本体を手術台の脇に移動、アームが体内に入った。執刀医の渡邊剛総長は手術台から少し離れた所で制御装置の前に座り、3次元画像が映る専用モニターをのぞき込みながら、つまみに指をかけペダルに足を載せて鉗子(かんし)などの付いたアームを巧みに操った。
室内のスクリーンに映し出された画像を見ると、アームは小刻みに動き心臓の弁の縫い付けなど細かな作業がてきぱきと進んだ。高度な手術だということを忘れさせるほどスムーズだ。
渡邊氏はダヴィンチ手術を2005年に開始。冠動脈バイパス手術で血管を縫う細かい作業や通常の腹腔鏡では到達しにくい深い部分の手術に向くという。
「ダヴィンチは自動車のF1シリーズに出る車のように最高のマシンだが、操るのはあくまで人間。手術のうまい外科医は必要だ」と同氏はくぎを刺す。「慣れたのは約100例経験してから。300例を超えてようやく高い水準に達したと感じた」。
切除の触感なく
ダヴィンチ手術を開腹手術と比べた場合の大きな利点として、術後の痛みや出血の少なさがあげられる。心臓手術の翌日には5分間歩行が可能になり、食事もとれればすぐ退院できる。
東京医科歯科大学医学部付属病院大腸・肛門外科の絹笠祐介科長も前にいた静岡県立静岡がんセンター時代を含め、ダヴィンチによる腸のがんの手術を数百件手掛けてきた。全国の病院から指導の依頼が相次ぐ。
ダヴィンチによる直腸切除・切断術は、東京医歯大を含む全国27施設で今年4月だけで75件あったという。保険適用前に比べ施設数は変わらないが、手術件数は約3倍のペースだ。
「経験を積めばダヴィンチの方が従来の腹腔鏡よりもはるかに楽に感じる」(絹笠氏)。術者が手元を大きく動かしても患部付近の動きを小さくできるほか、手の震えをコンピューターで取り除ける。狭い空間でも作業しやすい。
一方、触感がなく、視野の外で気付かないうちにロボットのアームどうしがぶつかるケースなどもあるので細心の注意がいる。
患者にとってよいのは、難しい直腸がん手術でも切る部分を最小限にして癒着などを避けられ、術後の排尿障害が激減する点だ。開腹手術だと6割程度の患者に排尿障害が残るが腹腔鏡は10%弱、ダヴィンチなら3%程度に減らせる。
絹笠氏は手術前の外来診療で、患者にダヴィンチのよい点や課題を丁寧に説明する。そのうえで開腹、腹腔鏡、ダヴィンチのどれにしたいか意見を聞くと、「ほとんどの人はすぐにロボットを選ぶ」。この傾向は今後加速するとみている。
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国産の開発、活発に
手術支援ロボットはダヴィンチが世界市場を席巻しているが、がんによっては従来の腹腔鏡手術と比べ5年生存率に差がないとの研究報告もある。現場の声を踏まえ、国産ロボットの開発も活発化してきた。川崎重工業と医療機器大手シスメックスが共同出資するメディカロイドはダヴィンチよりも小型で柔らかな動きができる手術支援ロボットを2019年に製品化する計画だ。アームどうしの引っかかりなどが起きにくいよう工夫した。
国立がん研究センター先端医療開発センターの伊藤雅昭分野長らは、術者のすぐ近くで助手のように腹腔鏡手術を手伝うロボットを試作した。ベンチャー企業A-Tractionを設立、20年をめどに販売開始をめざす。価格はダヴィンチの約10分の1に抑える。
手術時の触覚が手に伝わるロボットの開発に取り組む企業などもある。ただ、ロボットに関する理解が不十分な医師も多く、患者自身の情報収集も大切だ。
(編集委員 安藤淳)
[日本経済新聞朝刊2018年6月4日付]
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