深海魚の「旬」到来 イカやサンマ不漁で期待の味
ギョロッと大きな目に、鋭くとがった口……。深い海で暮らす深海魚が、これまであまり食卓で見かけなかったが「食べておいしい」と人気上昇中だ。見た目は正直、かなりグロテスク。本当においしいの?
水深2500メートルと、湾としては日本一深い静岡県の駿河湾。沼津港の飲食店「浜焼きしんちゃん」のメニューには、浜焼きの「メギス」(190円)や「メヒカリの唐揚げ」(480円)など珍しい魚がずらり。深海魚の面々だ。
深海魚とは、水深200メートルより深い水域での生息が確認された魚のこと。日本一深く、山麓から栄養豊富な水が流れ込む駿河湾は「世界有数の深海魚の宝庫」(沼津港深海水族館の石垣幸二館長)。100年以上前から、底引き網で深海魚を水揚げしてきた。
沼津港から車で1時間ほど走ると、国内有数の深海魚の水揚げ拠点・戸田漁港がある。毎年5~9月中旬は資源を保護する禁漁期間。解禁直後の初秋は「水揚げの量も種類も最も多い」(沼津市政策企画課の遠藤重由主査)。いわば、深海魚の「旬」到来だ。
9月下旬の早朝。戸田漁港から漁船が続々と出港する。漁場に着くと水深200~300メートルまで網を降ろし、引き上げる。何が網にかかるかは「誰にも分からない」(地元の漁師)。4メートルを超えるタカアシガニがとれることも。
太陽の光が届かず、低酸素、低水温、高水圧の過酷な環境で暮らす深海魚。アジやサンマなどとは姿がだいぶ違う。何しろ、顔が怖いのだ。わずかな光でも感知できるよう、体に比べて眼球が巨大なものが多く、見つめられると「ギョッ」と声を上げたくなる。
ただ、味わいとなると話は別らしい。深海魚は「身がふっくらとして、脂が乗ったものが多い」(戸田の飲食店、丸吉の中島寿之店主)。冷たく深い海でじっとしていることが多いからだろうか。はっきりとした理由は不明だ。
メギスはキスのような姿に、ぎょろりと大きな目を持つ。クセのない優しい味わいで、刺し身、煮付けに天ぷらにと「幅広い料理に重宝する」(中島店主)という。
沼津市のご当地バーガー店「沼津バーガー」でもメギスの「深海魚バーガー」(680円)が一番人気。白身をカラッと揚げ、特製ソースと一緒にバンズに挟んでいる。一口食べる。ふんわりした身から、適度に脂が溶け出す。
メギスよりさらに見た目が怖いのは「ゲホウ」。先端がとがった奇っ怪な顔だ。アタマが大きく、食べるところが少ないのが難点だが、煮付けや天ぷらにするとタラのようにふっくらとした食感になる。顔で判断してはいけない。
「トロボッチ」は、目が青緑色に発光するため「メヒカリ」とも呼ばれる。白身は軟らかく、空揚げや塩焼き、刺し身にしてもおいしい。
急深な海のある地域では深海魚は古くから食卓に並んできた。神奈川県小田原市では「アブラボウズ」、富山県では「ゲンゲ」などがとれる。
ただ深海魚の人気が全国的に高まってきたのは最近だ。鮮度が落ちやすく、とれる量が安定しない。大漁になるとカマボコ用などとして安く買いたたかれていた。ところが近年、イカやサンマなどの大衆魚が軒並み不漁。「未利用魚」として見直されている。
水産大手の佐政水産(沼津市)は見た目が珍しく、種類豊富な深海魚は「地元の財産」(佐藤慎一郎専務)。冷凍品や加工品にして全国の量販店や飲食店に提案しており「評価は予想以上に高い」。
希少性から人気は高まるが「深海魚は成長が遅く、乱獲すればあっという間になくなってしまう」(神奈川県水産技術センターの臼井一茂主任研究員)。どこまで深い海の魚を食べられるのか、挑戦してみたい。そんな人間の欲望は尽きないが、限られた資源を大切に、将来にも食べつないでいく必要がありそうだ。
◇ ◇ ◇
生きた姿を見に行ける
深海魚は食べておいしく、見ても面白い。「沼津港深海水族館」(沼津市)では国内外の深海魚を生きたまま、常時60~100種類展示している。深海の生き物はとにかくデリケート。水圧、水温、光の変化で弱ったり、死んだりするものも少なくない。漁獲から、展示まで成功する確率はほんの数%だ。
戸田観光協会(沼津市)は30日「深海魚撮影会」を開催する。水揚げされた魚を間近で見て、自由に撮影できる。サメ解体ショーも人気で、毎回100人以上の参加希望がある。次回は11月19日。
深海魚はまだまだ謎の部分が多い。石垣館長いわく「だから胸がわくわくするのでしょうね」。
(佐々木たくみ)
[NIKKEIプラス1 2017年9月30日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。