奥深い干物の世界 天日干しや灰干し、異なる味わい
日本人にとってなじみ深い干物。誰もが食べたことはあるが、製法やその魅力については知らない人も多いのではないだろうか。干し方や味付け、魚種によって味わいが異なる奥深い干物の世界に迫った。
年間220万匹のアジを干物にする大手干物メーカー、大川水産(千葉県浦安市)の大川三敏社長に話を聞いた。
機械乾燥よりうま味が強い天日干し
干物を作る際は、まず魚を開いて内臓をとり塩水につける。その後表面の塩を水で洗い流してから干す。
干し方は主に機械乾燥、天日干し、灰干しの3種類。機械乾燥は乾燥機の中で風をあてて魚を乾かす。天気を問わずできるのが利点で、大量生産しやすい。安価なものは多くが機械乾燥で作られる。
天日干しは屋外で太陽の光と自然の風にあてたもの。「科学的に分析した結果、機械乾燥よりうま味が強い」(大川社長)。灰干しは布やセロハンで包んだ魚を灰の中に埋めて水分を抜く。大川水産では桜島の火山灰を使用する。水とともに生臭さがとれ、表面が乾かないため身がふっくらと仕上がる。「養殖のサケなど脂が多い魚に向いている」(同)
灰干し、仕上がりは身がふっくら
大川社長の一押しは灰干し。同社は灰干しを「熟成」と呼ぶ。「最近、熟成肉がはやっているが、干物はいわば魚の熟成だ」(同)
干物の原料となるアジは韓国産が増えている。国内の好漁場として名高い九州の沖合と同じ海域の韓国側で漁をしていて品質が高い。国産品に比べ安いため、加工業者の人気が高い。高級品は長崎県対馬や島根県の沖合でとれたものが多い。
かんだ時にあふれ出す脂がポイント
築地市場でもっとも干物の取扱量が多い卸会社の丸千千代田水産(東京・中央)によると、いい干物になるアジは「鮮度がよくて脂がのっているもの」。刺し身で食べる場合、さっぱりとした味わいが好まれるが、干物はかんだ時にあふれ出す脂がおいしさのポイントだ。開いた魚を水洗いする際に身の脂が落ちてしまうため、脂がたっぷりのっている必要がある。
見分けるコツは魚の形。アジの開きの場合、開いた形がふっくらと丸に近い物の方が身が肥えている。背中にあたるアジの開きの中心部が白っぽいことも、脂がのっていることの目安になる。
鮮度も重要だ。高級干物店「ひもの あん梅」を運営する夢や(東京・港)の藤井哲夫社長は「干物は味を凝縮しているため、もとの魚がおいしくなければ話にならない」と説明する。
買った後もなるべく早く食べた方がおいしく食べられる。日がたつと「身の脂が酸化して変色し、味も落ちる」(丸千千代田水産の畑末新太郎取締役)。干物は足の速い魚介類の日持ちを長くするための加工食品だと思っていた筆者には意外だったが、扱いは普通の魚と変わらないようだ。
トラウトサーモン、干物の概念覆す
あん梅で購入した天日干しのトラウトサーモンを家で焼いて食べてみた。記者の家には魚焼きグリルがないのでフライパンで焼いた。身から脂がたっぷりと出てきてフライパンにたまる。脂をとらずに焼いていたら、揚げ焼きになってしまうほどだ。
焼けたサケを食べると、みずみずしくふっくらとした身に驚いた。記者のこれまでの干物の概念を覆す。塩分は控えめで魚の味が濃い。焼く時に随分脂が出てしまったように見えたが、それでもかむとジュワッとあふれ出す。特に身と皮の間に脂が多い。ご飯が進む味だ。
干物に特化した居酒屋も
干物はご飯だけでなくお酒にも合う食材で、干物に特化した居酒屋もある。飲食店チェーンを運営するsubLime(東京・新宿)の「ひもの屋」だ。
店舗の入り口付近に炭火の焼き場がある。強い火力で皮をパリッと焼き上げ、生臭さのないように仕上げる。ハタハタや姫ダラなど、家庭では食べない物をメニューにそろえている。「干物はなじみ深いが、他の店には少なく、個性として打ち出せる」(同社の立壁拓人マネージャー)
消費者の魚離れは深刻だ。総務省の家計調査によると1世帯(2人以上)が1カ月に購入する魚介類の平均額は6341円。10年前と比べて12.4%減った。干物も例外ではない。ひもの屋も「肉のメニューを入れるとそこに人気が集まる」(subLimeの立壁さん)と本音がもれる。
干物は味付けがされているので、焼くだけで食べられる。この点に着目し、忙しく調理の手間を惜しむ現代人のニーズに合っていると売り込みをかける業者もいる。
「骨まで食べられる焼き魚」がヒット
アジの干物の本場、静岡県沼津市の五十嵐水産は「骨まで食べられる焼き魚」を製造、販売している。焼いた状態のアジやサンマをパウチに入れ、湯煎や電子レンジ、フライパンで軽く温めるだけで食べられる。特殊な加工で骨まで軟らかくして、骨が口にあたるのを嫌がる消費者の声に応えた。
subLimeの立壁さんは「日本人の遺伝子には焼き魚のおいしさが刻み込まれている」と話す。日本人の生活に溶け込んでいるが故に普段は意識されにくい干物。こだわってみれば、思いがけないおいしさに出合えそうだ。
(山田彩未)
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