文学座80周年、豊かな芸術性が原点
現存する最古の劇団、文学座が80周年を迎え、記念公演を続けている。芸術性豊かな舞台を自然なセリフで――。劇団経営が厳しさを増す中、創立の原点が改めて見直されている。
東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA。27日まで上演されていた今年最初の記念公演「食いしん坊万歳!」は明治の俳人、正岡子規を題材とする新作だった。演劇評論家の大笹吉雄氏は「文学座の財産をうまく継承できていた」と評する。
大笹氏が注目したのは、子規の母を演じた新橋耐子だ。「文学座の和物の伝統を見事に体現していた。他劇団には出せない味で、大切にしてほしい」
若手演出家育てる
創立から屋台骨を支えた大女優、杉村春子が亡くなって20年。看板女優の太地喜和子も事故死してしまったが、着物姿の所作を大切にする伝統は新橋をはじめ、平淑恵、山本郁子らに受け継がれる。杉村の代名詞ともなった名舞台「女の一生」(森本薫作)は没後、平、山本が演じている。
さらに大笹氏は座内から有力作家が現れたことに注目する。今回の作者、瀬戸口郁は俳優である一方、岡本かの子、鈴木真砂女らの評伝劇で近年、頭角を現す。正面から人間と向き合うオーソドックスな作風は文学座ならでは。「言葉を大切にした森本薫の姿勢を思わせる」(大笹氏)。演出した西川信広氏も「知的大衆に精神の娯楽を提供するという劇団の創立精神が文学座の基盤。これは変わらない」と強調する。
文学座の舞台は中劇場を主体にした本公演、アトリエ(東京・信濃町)で試みる実験公演が二本柱だ。大衆性と芸術性のバランスをとり、アトリエ公演で若い演出家をデビューさせる。演出家が次々と出てくるのも他劇団にない強み。
このあとの記念公演でも、アトリエで5月の「青べか物語」(山本周五郎原作、戌井昭人脚色)に所奏(ところかなで)、12月のノゾエ征爾書き下ろし作品に生田みゆき、と若手演出家を抜てき。このほかアトリエ育ちの新進、上村聡史が本公演で「中橋公館」(6、7月、真船豊作)、アトリエ公演で「冒した者」(9月、三好十郎作)と続けて2本を演出する。
日本の近代演劇は旧劇(歌舞伎)に対し、新劇と呼ばれた。その主流は戦時中、反体制的として解散を余儀なくされたが、岸田国士、久保田万太郎、岩田豊雄(獅子文六)の3人が創立した文学座は芸術性を前面に掲げていたがゆえに生き残れた歴史がある。
戦後は保守的とみなされがちだったが、原点を見直すことで命脈を保った。昨年秋から始まった記念公演でも、水上勉の「越前竹人形」や久保田万太郎作品を取り上げ、俳優に文学座調の演技を植えつける姿勢を見せていた。
経済的には正念場
衰退著しい新劇の中で力強さを保つ文学座だが、経済的には正念場だ。杉村春子が地方巡業し、その稼ぎでアトリエ公演などの赤字を埋め合わせるのがならいだったからだ。西川氏によると、剰余金が減って赤字にたえられる体力はもうない。地方公演を支えた演劇鑑賞会の会員減少も追い打ちをかける。企画事業部長の日下忠男氏は「支持会員の高齢化から夜公演の売れ行きがにぶい。夜割料金を設定しているんですが……」と厳しさを明かす。
西川氏は岐阜県の可児市文化創造センターとともに、演劇で地域文化に貢献する事業にも取り組む。「認知症の人や引きこもりの生徒を後押しするのに演劇は大きな力をもつ。教育や医療の現場で貢献できる人材が劇団にはそろっている」と公演以外の社会活動に強い意欲を見せている。
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自然なセリフ基本 江守徹・劇団代表の話
政治的なことにかかわることなく、芸術至上を貫くという創立の宣言を念頭に、セリフを何より大切にする劇団として100年に向かって活動していきたい。分裂事件などの苦難もあったが、文学座はそれで続いてきた。芝居というと作り物という響きがある。そうではなく、心から出る自然なセリフが文学座の変わらぬ基本なのです。
(編集委員 内田洋一)
[日本経済新聞夕刊2017年2月27日付]
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