桑原裕子さん 群像劇『愚図』、内面えぐるドラマ
舞台「痕跡(あとあと)」で昨年の鶴屋南北戯曲賞を受賞。今年結成20周年を迎えた劇団KAKUTAを率い、小劇場演劇界でじわじわと評判を高めてきた。ファンタジーや奇抜な演出を排し、不器用な人間が懸命に生きる日常から派生する意外なドラマを緻密に描く。
「人の生死を左右するのは必ずしも大きな事件や出来事ではなく、他人から見たら『だから何なの?』というささいなことの積み重ねなんだ、ということを書きたい」
受賞後初の新作長編「愚図」(20日まで東京・あうるすぽっとで上演中)は、まさにそんな物語だ。登場するのはスーパーの店員や清掃員、アニメーター、主婦ら。夫の浮気疑惑、金銭問題、家族の喪失など、最初はそれぞれの仲間内で進行するストーリーが、やがて全体の軸となる白骨遺体事件にからんでくる。
セリフのみでストーリーを説明せず、人間関係の変化を舞台上でみせることで、重層的な群像劇を分かりやすくテンポよくさばく。そして予想を裏切るエンディングで物語の絡んだ糸を解きほぐすのが、KAKUTAの持ち味だ。
2001年以降、同劇団で脚本・演出・俳優の3役をこなしてきた。今は脚本に最も力を注ぐ。今回は「自分のダークサイドにスポットを当てた」と言う。
「私を含めて『愚図』と言われる人間の、焦れば焦るほど沈んでいく感覚。周囲は前に進んでいるのに、ひとりジタバタしている愚かで滑稽な図」。白骨遺体事件をめぐるサスペンスが軸にはなるが「登場人物の内面の弱さをほじくることに力点を置いた」。
脚本づくりは、新旧のドキュメンタリー映像や国内外の映画を「数日間、とにかく見まくる」ことから始める。それは「自分を現代に生きる人間のサンプルとして、何が気持ちにひっかかるのかを探す作業。前向きな冒険にひかれるか、寂しい人間の姿に心が揺れるか」。自身の心に印象を刻んだ主題を拾いあげる。
初期は青春物やハードボイルドなどを書いていたが、5年ほどたち30代になった頃から、今のようなスタイルに変わった。「同世代が結婚や出産を経験するのをみて、落ちついて大人の話を書きたくなった」
次の変化は東日本大震災が契機だった。「個人の日常生活は社会状況や周囲との関係によって、前提からどうしようもなく変わってしまうことを思い知った。いま震災を意識せずに物語は書けない」。「愚図」にも震災を踏まえたセリフをしのばせた。
今回は落語家の林家正蔵を客演に迎えた。「明るく優しくて、生活感があって、私の勝手なイメージながら陰ではご苦労されているはず。周囲に気を使って痛みを見せない人間像が劇団の作風にぴったりはまると思い、出演を依頼した」
「痕跡」以来のファンという正蔵は、桑原の芝居を「暮らしの中のちょっとした喜怒哀楽がドラマの種になっていて、見終わったとき『人生つらいけど、生きていくのも悪くないかな』と思わせる。落語の人情ばなしに通じる」と評する。
舞台は12月13、14日に愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLAT、同17、18日に北九州芸術劇場に巡演する。
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「劇団守る」意地が原動力
小さい頃はテレビっ子。「連続ドラマはほとんど見ていた。S・スピルバーグやクリス・コロンバスの冒険映画も好きだった」
演劇を始めたのは高校で「男子との出会い」を求めて入った演劇部。しかし休部同然で、学園祭での公演が中止に。「それがショックで『何とかしたい』という闘志に駆られた」。外部から指導者を呼び、エイズを題材にしたオリジナル作品で都内高校の演劇祭にも出場を果たした。
「どんな習い事も長続きしないと自認していたが、演劇だけは違った」。大学受験をよそに平田オリザ作品のオーディションを受けたのを機に、俳優の道に進む。
KAKUTA立ち上げ後も当初は俳優専業だったが、2000年に座付き脚本家が離脱。存続の危機に直面する。「劇団をなくしたくない。残った仲間でもっと芝居をしたいという意地で脚本を書き始めた。群像劇が得意になったのも、劇団員一人ひとりを生かしたいという気持ちが強いから」
(文化部 小山雄嗣)
[日本経済新聞夕刊2016年11月16日付]
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